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Joy Luck Club

日記帖・雑記帖・ぼやきノート・備忘録・・・




民主主義の崩壊とはこういうことだ :: 2018/12/09(Sun)

民主主義を破壊し続けるアベ政権の姿に
吐き気がとまらない。
国会が召集される度に
アベ政権の破廉恥さは加速的にひどくなっている。

第196回通常国会

審議時間8時間という短さで
命に係わる水を民間企業の手に売り渡す法案が衆議院を通過した。
通常国会ではカジノ法案や働き方改革法案の行方に気をとられ
悔しいけれど不覚にも水道民営化法案に目を向けていなかった。


西日本で豪雨災害が起きている最中に
赤坂自民亭が開かれたことに目を奪われた7月5日。
あの日の昼間に衆議院で水道民営化法案が可決されたのだ。
前日は日本代表のサッカーワールドカップ敗退、
翌日はオウム真理教幹部の死刑執行があった。



第197回臨時国会

「入管難民法改正案」という外国人労働者受け入れ法が
働き方改革法案審議の時と同じく
またもや捏造資料が提出され、
外国人労働者の実態の公表を求めた野党に対して
”見せてやるがコピーも写真もダメ 書き写せ”という
法案提出者として許されぬ政府の態度。

法案の中身は白紙状態で
野党の質疑に対してものらりくらり時には威圧的に中身のない答弁をするばかり。
野党の質問は当事者や国民からの質問だと思え!
国民が納得していないことに
誠意を持って説明をするのが法案提出者の義務だ。
馬鹿者!

こんなことがずっと続いている。


外国人労働者受け入れ法案、水道民営化法案、漁業法案・・・
審議時間は短く
最後は強行に採決すると言うやり方はアベ政権ではもう普通になってしまった。

野党の委員長解任決議案の賛成討論の時間を15分に制限するという
議会制民主主義破壊の最たる暴挙に与党は出た。
与党議員は恥を知れ!






山本太郎は怒った。
「保守と名乗るな。これからは保身と名乗れ。」


森ゆう子は怒った。
「ルールを守らないのはアベ政権だ。言論封殺は許さない。」


有田芳生も怒った。
「日本を好きでやってきた若者たちが日本を嫌いになって帰っていく現状がある。
人間を守れ、外国人を守れ」


紙智子も怒った。
「良識の府と言われる参議院で現場を置き去りにしないのが私たちの役割。
委員長、漁業法改正案を甘く考えているのではありませんか!」








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  1. アベ政治を許さない
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「ボヘミアン・ラプソディー」 :: 2018/12/07(Fri)

ドン ドン パッ ドン ドン パッ 
ウィ~ウィ~ル ウィ~ウィ~ル ロックユ~
この歌は知っているけれど、
伝説のバンドと言われる<クイーン>には特に興味を持っていなかった、この映画を観るまでは。

11月11日にNHKFMで放送されていた「今日は一日クイーン三昧」を偶然車の中で聞いた。
いくつか知っている曲が流れ、出演していた(出ずっぱりだったような気がする)ROLLYの話が面白くゲストたちとのやり取りにも惹かれて何だかいいなぁと思いながら聴いていた。

公開された「ボヘミアン・ラプソディー」を観てみようかなと思ったのは、「今日は一日クイーン三昧」と、「荻上チキのセッション22」で荻上チキが観てきたこの映画のことを良く出来ている映画だったと紹介しエイズで亡くなったフレディ-のことを話し、エンドクレジットで”今はエイズの進行を止める薬も出来ているし死に至る病気ではない”と書いてあったら良かったのにというコメントを聞いたから、かな。フレディ―役のラミ・マレックの”フレディ―の魂が乗り移ったかのような演技が素晴らしい”という評価にも釣られて、クイーンのことはよくわからないし、リードボーカリストのフレディ-・マーキュリーのことも全く知らないのに観に行った。


スマイルというバンドのメンバーになってどんどん才能を発揮していくフレディ-の半生を描いた映画。クイーンというバンド名に変えたのもフレディ-。レコード会社とケンカしても思い通りの曲を作り発表していくフレディ-。ヒット曲が生まれて行く。それとは裏腹に、容姿に劣等感を持ち、父親との関係が上手く行かず、ゲイというセクシュアリティーに悩む。フレディ―が一目見て好きになり結婚したメアリーもゲイである彼との生活を続けることを拒む。フレディ―はメアリーのことを心の底から好きなのに・・・友だちでいたいという彼の気持ちを受け止めてメアリーは結婚生活が破綻した後もフレディ―を心配している。

大ヒットを次々生み出しながらもクイーンと別れて一人で音楽活動を始めたフレディ-。メアリーと別れて寂しさが募るフレディ-はゲイの友人を集めてバカ騒ぎをする。それを諌めて忠告する使用人は考えを改めたらまた会おうと言って去る。

2年ほど一人で活動していたが思うような音楽にならずもう一度クイーンに戻りたいと許しを請うフレディ―を受け入れ元通りの家族の様なバンドに戻った。オファーが来ていたライブ・エイド出演に向けて練習を始めた時、自分がエイズに罹っていることをメンバーに告白する。ライブ・エイドは大成功。その場面が映画の最後となる。(1985年7月ライブエイド)

フレディ―はいつもずっと寂しかった、その寂しさに苦しんでいたのだと思う。遅刻常習犯で我儘なところもあり、ああいう人と付き合うのは大変そうだけど、魅力的な人だったのだろう。クイーンの仲間もメアリーも彼女の夫も、そして考えを改めたら会おうと言っていた使用人(フレディ―の恋人)ジム・ハットンもみんなフレディ―を温かく包むような存在だ。何と幸せなフレディ-。1991年に45歳で亡くなった。

2018december_03.jpg

フレディ-・マーキュリーを演じたラミ・マレックがフレディ-そのままで驚く。感動的でもう一度観たいと思うような映画だった。一昨日観てからずっとyoutubeでクイーンを聴いている。奇抜な曲のようでしんみり胸に迫る内容だったりして。それぞれの作品が作られた状況を映画で知ったからぐっと近い存在になった。






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スクリーンショット その② :: 2018/12/03(Mon)




重い体を持て余しながら編物の続きと十人十色の広報担当として少しネット作業。映画サークル十人十色のホームページにfacebookを埋め込み、十人十色の存在を栃木県北で知って貰いたいと画策している。

「沖縄スパイ戦史」上映の際にはfacebookで三上智恵監督がシェアしてくれてアクセスがぐっと増えたけれど、それは沖縄県や全国の三上ファンで、残念ながら栃木県北に住む人たちには広がっていない。ああ、どうしたらいいのかねぇ。

2018december_02.jpg
今日はfacebookに掲載するための「映画サークル十人十色」のHPのスクリーンショットをとった。
PC画面の全部じゃなくて必要な部分を選定して掲載したい。
それには「snipping tool」というのを使う、ということを学習した。

こんなことをああだこうだとやって脳を使うことが出来ている訳ね。
で、編み物はと云うと6段しか進まなかった。
どっちにしても脳の退化に少しは抵抗できている、と思いたい。





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肩がこった :: 2018/12/02(Sun)

・暖かい日が続いていてうっかり冬を忘れていたら、今朝いきなり気温低下。
・寒い。
・こんな朝はウォーキングのペースも速くなる。
・サッサカサッサカいいペースで歩いた。

・昨晩作る予定だったミルクスープを今朝作った。
SHŌPAIN ARTISAN BAKEHOUSEのカンパーニュとミルクスープで朝ご飯。
・水と牛乳だけで野菜を柔らかく煮込んだこのスープを2週間ほど前に作って病み付きになった。

・次回のニットカフェは1月末。それまでにこれとこれをやっておいてねと言われた宿題。
・編みかけたまま放り出してあった18のセーターの前身頃を肩から3㎝ほど下の所まで編むこと。
・帽子を編むためにゲージを編んでおくこと。
・寒い一日、家に閉じ篭ってゴム編みの上から60段目まで編んだ。
・73段目から袖ぐりの減らし目に入る。減らし方がうる覚えなのでどうしましょ。
・グリーンサムさんに教えてもらうかyoutubeに教わるか、何とかしましょ。

・寒くて体は固まるし、一日中編物をしていたら肩がこった。



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「マルクス・エンゲルス」 :: 2018/12/01(Sat)

写真

また”フォーラム那須塩原”へ行った。「共産党宣言」を書いたあの有名なカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの友情と、「共産党宣言」を書き上げるまでの経緯を描いたフランス・ドイツ・ベルギー合作の映画「マルクス・エンゲルス」。

1840年代の産業革命後のヨーロッパの社会のひずみ、格差、移民が背景となっているけれど、まるで現在の世界を見るようだ。貧困が拡大し不当な労働を押し付けられ資本家に搾取される人々・・・。ヨーロッパ各地で共産主義運動が活発になり共産主義的志向の「正義者同盟」という秘密結社ができたが分裂し、それに代わって「共産主義者同盟」が結成され、その綱領として「今日までのあらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である」という言葉で始まる「共産党宣言」がマルクスやエンゲルスによって書かれた。

マルクスとエンゲルスがどのように出会い、どのように共鳴し合い、どのように当時の共産主義運動を牽引するようになっていくか。共産主義者同盟が旗揚げした時点でこの映画は終わる。産業革命で一気に変わっていったヨーロッパ社会の中で、共産主義運動に身を投じる20代の二人が溌剌としていて眩しい。エンゲルスは工場経営をしている父からいずれ勘当されるのだがそこに至る以前の物語。映画としては期待したほど面白くはなかった。

それにしてもだ、今日本で取り沙汰されている移民法案の審議で少しずつ明らかにされてきている「技能実習生」「留学生」たちの働く環境はあの時代の労働者が置かれていた劣悪な環境と同じではないか。搾取されるばかりで人権も何もない。

エンゲルスの父親の経営する紡績工場で働いている労働者が機械に挟まれて怪我をすると経営者は居眠りなんかしているからだと叱責する。三日三晩寝ずに働かせられれば居眠りもするさと抗議する仲間たち。壊れた機械の修理代は給料から天引きするるぞ。抗議する者は首だ。1840年代のヨーロッパと2018年の日本で起きていることがぴたりと重なってしまう。何という国だ、日本は。「共産党宣言」はどこへ行ってしまったのか・・・。






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「1987、ある闘いの真実」 :: 2018/11/29(Thu)

軍事独裁政権下の韓国で1980年に光州事件が起きた。その7年後、ソウル大の学生の拷問死事件が、新聞のスクープ記事となり自由のない軍事政権下で鬱憤が溜まっていた市民が立ち上がるまでの過程が描かれている映画「1987、ある闘いの真実」を観た。(観たのは11月26日)

「タクシー運転手」で描かれていた光州事件の学生や市民たちによる軍事政権への抵抗運動が少しずつ国内にも知られ始めた7年後の1987年にソウルで起きた抗議行動が韓国全土へ広がった闘い。


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1987年1月14日、取り調べ中のソウル大生パク・ジョンチョルが謎の死を遂げる。
拷問による取り調べを部下に指示していた南営洞(ナミョンドン)警察のパク所長は、隠蔽しようと遺体を火葬するよう指示を出すが、ソウル地検のチェ検事は警察の隠蔽を許さず、解剖をすると主張。チェ検事の後輩検事がマスコミにリークし、東亜日報のユン記者が真偽を確かめるための取材を開始した。チェ検事は不正を許さないという姿勢を崩さず転任させられるが、密かにユン記者に証拠記録を渡し、ユン記者はその証拠を基に「ソウル大生、水拷問の途中で窒息死」と本当の死因を報じた。

一方、チェ検事の粘りで司法解剖が行われ、立ち合ったパク・ジョンチョルの叔父が記者に向かって「警察が殺した!」と泣き叫んで訴えた。担当医師は「水責め中に首が浴槽に当たり窒息死した」と上司に報告するが握り潰された。が、警察の発表をもはや信じていない記者たちが独自の取材を続け、ソウル大生を拷問死させた事実を暴き出す。

民主化運動で指名手配中のキム・ジョンナムは、国家ぐるみの犯罪だという情報を掴み、共に活動するハム神父と共に真実を暴く決意をする。刑務所看守のハン・ヨンビョンも密かに協力するのだが、捉えられ南営洞に送られ拷問を受ける。市民の自由を奪っている軍事独裁政権に対する怒りが鬱積していた世間では少しずつ民主化抗争が大きくなっていき、その運動の中で催涙弾を頭部に受け亡くなった延生大学生イ・ハンニョルの葬儀には100万人の市民が参加し、光州などでも10万人が集まった。一人の検事、一人の医者、ジャーナリストとしての自覚ある新聞記者たちの正義感が「1987年」の市井の人々の心の中に在る正義感と一体となっていく。誰か特別の人ではなく無数の名もない人々の闘いによって成し遂げられた民主化を描いたのがこの「1987、ある闘いの真実」だ。(上映資料などを参照)


「実在したそれぞれの人物を本人に出来る限り近く描き撮影した」と監督のチャン・ジュナン。唯一モデルがないのはヨニという、看守ハン・ヨンビョンの姪だ。彼女がこの歴史的な大事件の語り手としての役目を果たしている。登場人物はとても多く、場面もたくさん切り替えられる。字幕を読みながら追いかけるのも最初は苦労したが、そうやって作り上げられた映画は観終わってみればずっしりと重い物を心に残した。

凄惨な拷問の場面や「赤狩り」の先頭に立つ脱北者のパク所長の指示を受け「赤狩り」に奔走する部下たちやデモ隊を抑え込む警察権力の暴力的な場面が多くて見るのが辛かった。パク所長の非情さ、怖さが憎くもあったが、彼は子供の頃、金日成率いる革命軍の兵士に父母兄弟を皆殺しされたという過去があるのだ。ああ、何という・・・。こっちが善であっちが悪だなんて簡単には言えないということか。(看守ハン・ヨンビョンを拷問する現場にやって来たパク所長の短い台詞で彼自身の過去がわかる。)

チャン・ジュナン監督へのインタビュー記事の中でも触れられているが、映画「タクシー運転手」で描かれた、光州事件をドイツ人記者が撮影し韓国内でも知られていなかった事件を世界に知らしめた映像がこの映画の中で使われているのが感動的だ。







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久しぶりに手話 :: 2018/11/26(Mon)

「つながるひろがるアート展NASU」の会場になっていた「ゆっくりサロン」に作品を観てスタンプをもらおうと11月の初めに立ち寄った時、ゆっくりサロンの運営者と話している中で月に一度手話サロンが開かれていることを知った。「ゆっくりサロン」は、65歳以上の高齢者が気軽に集える場所、趣味の活動を行う地域交流の場として町の各地区にある「いきがいサロン」の一つだという。

もう一つ、毎週水曜日の夜にゆめプラザで開かれている手話サークル「ほほえみ」があって、聾唖者と交流しながら手話を学ぶ活動をしている。その二つが結びついて月に一度「手話の学習とを昼食を楽しみながら手話で交流できる場」として開かれているのが、今日参加した『手話サロン』だ。

山梨に住んでいる時に25は隔週開かれる手話サークルに参加していた。手話の学習半分お喋り半分の会で、前回習ったことは次回にはすっかり忘れているというようなものだったけれど、手話でも何でもあれこれお喋りするのは楽しくて那須に来るまで続けていた。

あいさつ程度の手話を25から聞きかじっていた18は、同じ会社で働いている聾唖のOさんに、「おはようございます」と手話で挨拶したら手話が出来ると思いこまれて、耳の聞こえない人と手話通訳士の集まる飲み会に誘ってもらい、ついでに25まで誘ってもらっていた。18が手話が出来ないことも25が片言しかできないことも見え見えだったのに毎回声をかけてもらって愉しいお付き合いだった。



那須に行っても手話を続けてねとサークルや飲み会のみんなから言われていたのに、夜開かれている手話サークルがあるという情報を得ても、夜は呑みたい1825にはちょっと無理だねと6年間何もしないままだった。だけど10時半始まりで、尚且つ昼食付という集まりは魅力的だ。そして今日、毎月第四月曜日に「ゆっくりサロン」で開かれる『手話サロン』に参加したという訳。参加者は十名余り。聾唖者と健聴者が半々くらい。

6年ぶりの手話は、もう大変。すっかり忘れてしまっていて、自己紹介を何とかできる程度。聞きかじりの手話を忘れてしまった18も四苦八苦していた。聾唖者健聴者が入り混じって手話でお喋りするのだけれど、それはもう速くて速くて読み取れない。手話通訳士のNさんの仲立ちで何とか通じると言う程度だけれど、それでも大いに楽しかった。

頭はフル稼働、手も一生懸命動かして、通じなければ口をゆっくり動かして読み取ってもらいながら2時間お喋りしてきた。ぐったりと疲れたけれど、歓迎してもらえて嬉しい。次回また会いましょうねとカタコト手話で挨拶して別れた。



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スクリーンショット :: 2018/11/23(Fri)


北風ぴーぷーの寒い日。
コミュニティーカフェ「ここ」で3ヶ月に一度3日間開かれるニットカフェが今日から始まる。
3日続けて参加するつもりだったけれど、18がテニスに行きたいと言うので車を譲った。こういうことがあるから時々二人で、軽自動車を二台目として買おうかと話すけれど、どうなんだろう。増えれば維持費もかかるしねぇ。迷う。

一日中コンピューターに向かって、「映画サークル十人十色」のホームページとfacebookの更新に精を出した。十人十色が関わる映画だけじゃなくて、フォーラム那須塩原で上映中の十人十色お勧め映画も紹介することにした。facebookに連動するヘッダー(?)も埋め込んだ。

やり方がよくわからないから、あっちへ行ってこっちへ行ってあれこれ調べてやってみたらまあそれなりにできた。いいぞいいぞ。いい勉強になったなぁ。wordでしか使ったことのないスクリーンショットの撮り方もわかった。キーボードのPrintボタンを押せばいいだけだなんて簡単すぎる。これからじゃんじゃん使ってみよう。

これが初めてブログの為に撮ったスクリーンショット。テヘッ。

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スクリーンショットじゃない十人十色のHPもご覧くださいね




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「オキナワへいこう」 :: 2018/11/22(Thu)

那須フロンティアというNPO団体があることを初めて知った。そこの20周年記念事業として「大西暢夫写真展と映画上映と語りの会」が10月14日に二箇所で、11月21日に二箇所、11月23日には一箇所で開催された(る)。会場は那須塩原市、那須町、那珂川町の三市町にあるカフェだったりギャラリーだったり美術館だったり・・・。1825は那須まちづくり広場の映像室で開かれた定員40名という、「オキナワへいこう」の小さな上映会に参加した。


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舞台は大阪堺市にある精神科病院。900病床(一時期は1200病床もあった)大きな病院の開放病棟と言われる所。完治間近の患者やもう退院してもいいよと言われている患者が暮らしている病棟だ。

もう40年も入院している益田さんが誕生会で「沖縄に行きたい」と希望を語った。看護師たちがその夢を実現させようと旅をしても大丈夫な状態の3人の入院患者にも声をかけて、準備を進める。沖縄の宜野湾市の福祉施設で開かれている大西暢夫写真展をそのモデルになった自分たちが見るという目的の三泊四日の旅行に胸を躍らせる男性3人組。気分が高揚してウキウキしている人。まぁ行ってみるかと斜に構えながらも嬉しそうな人。何十年も前のまだパスポートが必要でドルの時代だった頃に12日間くらい行ったことがあるよと思い出を話す人。急遽行くことになった山中さんは、コップを入れた?沖縄の人は雨が降っても傘をささないみたいだよとか看護師たちにおせっかいを焼かれながら荷造りを進めている。

沖縄行きが近づいてきた頃、言い出しっぺの益田さんが私は行かないと言い始めた。社会に出て生活が出来るようになるための一つのきっかけになる筈だと考えている看護師たちは説得を試みるけれど、益田さんは行かない行きたくないと言うばかりで涙を流す。

(どうしてあんなに嫌がった益田さんが行けたのかと上映後監督に質問したら、大阪のおばちゃんたちはすごいんですとの回答。おばちゃんとは看護師さんたちのこと。無理強いせずにそれでも粘り強く行く気にさせるその手腕に監督も感心したようだ。確かに画面のあちらこちらに表れている看護師さんたちの明るさ、真面目さ、面白さ、粘り強さは経験による自信から生れてきていることがわかる。)

とにもかくにもオキナワヘいった。けれどあの3人組は主治医の許可が下りずに行くことができなかった。3人とも主治医は同じで、医師としては何かあったらどうする?というのが主眼なのだ。看護師5人の付添いで行けたのは益田さんと山中さんの二人だけ。沖縄の海を見てソーキそばを食べて、晴れやかに活き活きとした顔をしている益田さんと山中さんと看護師たちの写真が素敵だ。

大西監督が予想もしていなかったことが沖縄から帰って来た後に起こる。山中さんにはるみちゃんという彼女が出来たのだ。沖縄旅行とはるみちゃんの存在が薬以上に効果を発揮して、退院なんかしない一生ここにいるんだと言っていた山中さんの背中を押して社会に送り出した。


大西暢夫監督は18年間全国の精神科病院を撮影し続けてきた。医師との闘いだったと言う。患者を撮影して顔が出ることを許さない家族や親族、医師が多い。構わないよと言う患者本人の気持ちは受け入れられない。18年経っても現場は変わっていない。社会との接点を持たずに長期間入院していると行き場がなくなり、社会に出る機会を受け入れることができなくなる。そして、退院できないまま老いる。様々な矛盾を感じている。大きな葛藤もある。けれども撮影中は楽しくて患者さんたちと一緒に居るととても気が楽になると言う。

映画を観るだけでなく、それを撮影した監督の話を聞いたり質問をしたりすることができる上映会はとても貴重な機会。出来上がったばかりだというこの映画が各地でたくさんの人に観て貰えればいいと思う。未だに根強く残る偏見や差別、なかなか整わない地域社会の受け入れ態勢、患者たちが社会に出る気を無くしてしまう長期入院など多くの問題があることも大西監督の指摘で知った。暗い映画にはしたくなかったので面白く精神科病院を紹介したという大西暢夫監督は優しい目をした人だった。

「ひとりひとりに向き合って 写真家・大西暢夫が撮る精神科病棟」(ハートネットTV)




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「判決、ふたつの希望 (THE INSULT)」 :: 2018/11/20(Tue)

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観たいと思う映画が先週からフォーラム那須塩原で続けざまに上映されている。最初に観たのは「判決、ふたつの希望」(原題は「THE INSULT」)

舞台はレバノンのベイルート。自動車修理工のキリスト教徒のレバノン人・トニーとパレスチナ難民・ヤーセルの些細な言い争いから物語は始まる。

補修工事の現場監督のヤーセルに、バルコニーの配水管が壊れているから直せと言われたトニーだが忠告に従わない。ヤーセルが「クズ野郎」とか何とか汚い言葉を投げつけたことに怒ったトニーは謝罪しろとヤーセルの上司に文句をつけに行く。渋々上司と共に謝罪に出かけたヤーセルにトニーは言ってはいけない禁断の言葉を投げつけ、激怒したヤーセルが襲い掛かりトニーに怪我を負わせてしまった。

そして舞台は法廷へと移る。肋骨を二本折られたトニーがヤーセルを訴えたのだ。レバノンにもパレスチナにも痛々しく傷ついた重く暗い歴史があり、それを背景に展開される裁判の行く末は・・・。オフィシャルページ

日本からは遠く、文化的にも隔たりのあるレバノンでの話だが、人間はお互いに分かり合えないのか、許し合えるのか、憎しみは消せないのか・・・様々な視点から考えなくてはならない問題は日本の現在が抱えている問題でもあるのではないか。近隣の国々との過去の関係、許し合えればいいのに、しっかり歴史に向き合って来なかったがために歴史が引きずっているものにいつまで経っても振り回される。中東では宗教、民族、部族、それぞれの派などといったとても複雑な関係が絡んでいて、分かり合う認め合う許し合うことが尚更難しく見える。

でも、ほんの少しだけ人間の良心のようなものが映画の中で垣間見えうっすらとだけれど感じられて救われた思いがする。監督のジアド・ドゥエイリはレバノンでは問題が山積みで希望があるのかどうかはわからないし、映画が社会を変えることができるとも思わないと言う。ただ、映画を観た人の一人でも考え始めてくれたらそれが社会が変わるきっかけになるかも知れないとも。

女性をポジティブに描こうと思ったというジアド監督の考えはこの映画を観る私たちに明るさを感じさせてくれる。トニーの妻・シリーン、ヤーセルの妻・マナール、弁護士のナディーン、裁判を進める女性判事。頑固な男たちとは対照的に、強くしなやかな芯を持つ四人が魅力的だった。









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「IL DEVU 栃木場所」 :: 2018/11/19(Mon)

IL DEVU (イル・デーヴ)のことを知ったのは数年前のNHK FMの番組。グループ名命名の根拠が面白い上に歌声が綺麗で心に残っていたのだ。半年ほど前、那須塩原市のハーモニーホールに来るという情報を得てチケットを買っておいた。

イギリスでデビューした「IL DIVO (イル・ディーヴォ)」というヴォーカルグループがいる。それをもじって2011年にイル・デーヴと云う名でデビューした日本の声楽家(テノール2人、バリトン1人、バスバリトン1人+ピアニスト)合計体重500㎏の重量級5人組。デブだからというのが命名の根拠だ。そのコンサートが昨日あった。プログラムには【IL DEVU 栃木場所】とある。

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それぞれの歌手のソロで始まった。「禁じられた音楽」「泣かないお前」「カタリ・カタリ」「かわいい口元」というイタリアの民謡を並べ、最後は「かえるのうた」を愉快にアレンジしたピアノの独奏。気持ちのいい歌声とピアノ演奏だ。イタリアの次は日本の唱歌メドレーでアレンジも良くて声も良くてうまくて言うことなし。

第二部はIL DEVUの愛唱歌ということでシューベルトの歌曲やイタリア歌曲、日本の朧月夜、アイルランド民謡のダニーボーイを披露。そして地元那須野が原少年少女合唱団との共演でやなせたかし詩集から「さびしいカシの木」と「ロマンチストの豚」など盛りだくさんだ。

高田敏子の詩を歌った「夕焼け」は胸に響いた。
コンサートでいつも最後に歌うという「いのちの歌」もジンとくる。
アンコールの「マイ・ウエイ」を、彼らが音響がとてもいいホールだと絶賛していたその中でも恐らく一番いい響きであろう場所の舞台の一番奥に移動して歌い始めた。気持ちがいいだろうなぁ。この「マイ・ウエイ」は圧巻だった。お見事。

オペラは好きでよく観に行った時期もあるけれど、声楽のコンサートへ出かけたのは初めてだ。演出も楽しくて良かったし、何よりも整った重厚な歌声にうっとりした。彼らがまた那須野が原に来て栃木場所を開いてくれますように。





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  1. 聴きに行った、観に行った
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つながるひろがるアート展、再び :: 2018/11/17(Sat)

スタンプラリーの続き・・・。
もう景品はいいからもっともっと鑑賞したい。
買い物に出たついでに「キャンドルハウス シュシュ」と「ギャラリーバーン」に寄ってみた。「ギャラリーバーン」は、ギャラリーと云うだけあって、展示作品がとても多く、見応えがある。オーナーのお嬢さんもこのアート展に出展している作家の一人だ。青山での個展が迫っているということで、真ん中のテーブルでは作品選びが行われていた。



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オーナーのお嬢さん・清野ミナさんの作品
来年のカレンダーの表紙も彼女の作品だ。




写真を撮れば良かったと思ってもう一度出かけて、魚の群れを主体にして撮影させていただいた。
すごいのよ、これ。
魚の大好きな指田邦雄さんという作家がこっそり描き溜めていた魚の絵を見つけた先生たちが、コピーして切り抜いて壁に貼って魚の大群を作ったという作品。

1960年生まれ。すごく照れ屋で自分の作品を展示される事を嫌がりがちですが、展示されたり入選するとすごく笑顔になります。怪人の胴体は何枚も先に描き、顔と両腕の武器はじっくり考え、発想が浮かぶと描き加えます。完成すると笑顔で自慢げにみんなに見せに来ます。

「つながるひろがるアート展NASU」のホームページで指田さんはこう紹介されている。人の前では怪人しか描かないようで、魚の絵を描いていたなんて周りはびっくりだったみたい。裏には魚の名前もちゃんと書いてあるという。愉快だなあ。

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(ギャラリーバーンのHPの「現在の展示」ページの一番下に鮮明な写真有り。)


近いうちに黒磯に行って「カワッタ家」「1988 CAFE SHOZO」も覗いて来よう。菅間病院も遠くはないから行って来るかな。景品はもういいから・・・なんて書いたけれど、ギャラリーバーンに寄った時にもうスタンプは九つ押してあったから、カレンダーとカンバッジのセットをちゃっかり頂いて来た。嬉しいことに作品集を販売していたので手に入れる事が出来た。良かった~




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マッタクゥ・・・ :: 2018/11/12(Mon)

紅葉が終わり落ち葉の季節。雑木に囲まれた生活をしていると落ち葉に悩まされるのは仕方がない、んだけどね。

一応ここには管理センターと云うのがあって清掃等担当の職員がいる。路上の落ち葉集めや道路わきの草取りもその人の仕事なのだけれど、昨年春に採用された彼は以前働いていた職員に比べると俄然能率の悪い働き方で住民の不評を買っている。今みたいに落ち葉の季節には、落ち葉と追いかけっこだからとっても大変なのはわかるけれど、やる気がないのか要領が悪いのか、ちっとも綺麗にならないんだなぁ。

今朝、やっとうちの近くに落ち葉集めにやって来たから家の前の落ち葉掃きをしながら様子を見ていたら、軽トラに積んだ吸い取りパイプ(?)で道路上の落ち葉の上を撫でて行くだけで案の定綺麗にならない。ブロワ―で吹き集めてそれを吸い取るのが効果的じゃない?と優しくアドバイスしてみると、ブロワーが車に乗らないと言う。じゃぁ箒で掃き集めてそれを吸ったらどう?とまたまた優しくアドバイス。(前の職員は本当にいつも綺麗にしていたんだからあなたにだってできるんじゃないの?というのはテイクの心の中。)すると不機嫌になって文句があれば管理センターに言ってくれと言う。

全く何と云うやっちゃ。と思ったけれどここで喧嘩をしては気分が悪い。じゃぁいいわよ、一区画テイクが掃き集めて山を作るからそれを吸い取ってみたら?(これまたテイクの心の中)と、黙々と掃き集めていたら後ろから軽トラの吸い取りパイプで吸い取っている。ほらね、綺麗になるじゃないと思いながら結構進んだ所で昼休み。彼は何だかにこやかな顔でお昼を食べたらまた集めに来ますと戻っていった。やれやれ。

昼食後、また続きを掃いていたら彼が今度は竹ぼうきを積んでやって来た。パイプで吸い取りながら、吸い逃した部分を掃いてまた車を進めてまた竹ぼうきで掃いての作業を繰り返している。テイクはその一足先を掃いて山を作り続ける。時々後ろを振り返り彼の仕事ぶりを確認。

体が痛くなってきた。3時過ぎにやっと一区画終了。どう?この方が効率が良いでしょ?と言ったら、前は僕もこのやり方でやっていたんだとのたまうではないか。ナンジャラホイ。じゃあそれでやったらどうよと思ったけれど、怒らせてはならない。気もちよく別れるのが得策だ。ちゃんと「ありがとうございました。助かりました。」と挨拶をしたから大目に見てあげよう。

計画していた庭仕事は出来なかったし、腕も腰も痛い。とんだ一日だった。これからはしっかり仕事をしてね。




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決起集会 :: 2018/11/10(Sat)

昨日の朝刊の折り込みに「御用邸下メガソーラ―建設反対 決起集会」というチラシが混じっていた。昨日の今日の決起集会の会場は那須まちづくり広場だ。どんな様子か知りたくて出かけた。同じ地区に住む顔見知りや市民ネットのメンバーもちらほら見受けられた。町議会議員も二人いて全体では80名ほど集まったか。

執行部の発表によると署名は今日現在で5170筆集まっているということだ。住民だけではなく栃木県内、県外からの署名も含めての数で、驚くことに県内、県外からの署名がかなり多い。まだまだ地元での署名を集める余地がある。と言うより那須住民の署名をもっと増やしたい。

これからのどう進めるか。
もちろん署名の継続、そして町に請願書提出、条例制定の陳情などなど色々計画しているようだし、ここに来るまでも宮内庁や環境省、その他諸々の関係省庁に申し入れはしてあるという。(但し無回答が多い) 当事者のファーストソーラー合同会社にも質問状を送ってあり、決起集会の後、業者が中間報告に来るとのことだった。

代表者の一人であり司会も務めたあさみさんという方は、愉しくて賑やかなことが好きで今までにもたくさんイベントを開いてきたけれど、こんなに楽しくないイベントに関わらなければならないなんて残念。だけど自然を壊すようなメガソーラ―建設は絶対許せないので最後まで頑張りたいと挨拶した。反対運動や決起集会をイベントと位置付ける感覚・感性がテイクには新鮮だった。それでいいんじゃない?町中がメガソーラ―建設反対のイベント会場になればいいんだ。「那須御用邸下メガソーラ―建設の中止を求める会」へのメンバー登録を済ませた。


那須御用邸下の森林を伐採してのメガソーラー建設について



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スタンプラリー :: 2018/11/09(Fri)

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〈来年のカレンダーの表紙〉

那須まちづくり広場で月一回開かれる「色あそび」という教室の先生が紹介してくれた「つながるひろがるアート展」。那須町のあちこちの店や宿泊施設、黒磯駅周辺と大田原市の店で11月3日から開かれている。スタンプラリーも催されていて6店舗以上回ってスタンプを集めると先着50名に景品が!という先生からのお誘いがあったので、水曜日に4か所を周ってみた。

何らかの障害を持つ作家たちの作品は愉快で温かくて惹きつけられる何かがあった。いいな~いいね~こう云う絵を描きたいな~、と呟いたり18と話したり・・・。

25日まで開かれているのでまたいくつかの会場を周ろうと思っていたけれど、今日、湯本の月井商店に行ったついでに旅館「山水閣」に立ち寄った。展示コーナーに置いてあった2017年出版の画集の見本が素敵だったのでフロントに申し出たら、もう売り切れてしまったとのこと。何処の会場にもなさそうで残念。



「つながるひろがるアート展 NASU」は、那須地域に住むアーティストたちの作品を紹介するイベントです。ハンディキャップをもっていることが、彼、彼女たちの共通点。しかし、それはこのアート展の本質ではありません。いちばんの魅力は、健常者と障がい者という垣根を超えた、アーティストとしての素敵な個性たちに思う存分触れられること。ゆったりとした、それでいて濃密な時間が流れる那須で生まれたアートを眺めていれば、せわしなく過ぎる日々の中で忘れかけてしまった大切な何かが、きっと、見えてくるはずです。
「つながるひろがるアート展」のHPの紹介文が25の感じたこととぴったり重なる。​








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