Joy Luck Club

日記帖・雑記帖・ぼやきノート・備忘録・・・




朗読劇「線量計が鳴る」 :: 2018/06/04(Mon)

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那須町の「豊穣庵」の古くて小さいお堂で中村敦夫の朗読劇「線量計が鳴る」が公演された。始まる前にドリアン助川さんが挨拶に立った。2011年3月の大震災で起きた原発事故後すぐに線量計を持って放射線量を計測しながら奥の細道に沿って東北に向かった折りにこの豊穣庵に寄ったという。農業や酪農業を営む生活をする為にこの地に移り住んだご夫婦は被曝によってこの先どうなるのかと頭を抱えていた。その時からのお付き合いだそうだ。今回は同じようにペンクラブに所属している中村敦夫の朗読劇と共にやって来た。

照明を消した薄暗いお堂にバックパックを背負って線量計をピーピー鳴らしながら中村敦夫が隅の障子戸を開けて入ってくる。小さなライトのある書面台の前に立ち、朗読劇が始まった。元・原発技術者の独白という形で、原子力発電所の実態が語られていく。福島原発の建設に携わったアメリカの技術者が沸騰型原子炉には大きな欠陥があるから世界中の沸騰水型原子炉をすぐに廃炉にすべきと主張したことや日本全国の原発で表には出て来ない事故が過去に三百余りもあったこと、自分がいた福島第一原発で見た杜撰な管理の数々。そして東京電力の上層部に現状を訴える手紙を出した結果、自主退職を迫られた。双葉町から飯館村に移り第二の人生を始めてしばらくして経験した福島原発の事故・・・・

チェルノブイリの事故とその後何十年かの間に起こったこと、フクシマの事故での政府や東電の対応、御用学者らの流す嘘情報などが元技術者の口で語られる。中村敦夫が徹底的に調べ聞き取りその情報を基に書き上げた物語だけに、迫力がある。未だに再稼働に賛成したり、地元の経済の為に必要だと悠長に考えている人々に是非観て貰いたものだ。


中村敦夫、健在。78歳の圧倒される逞しさ。



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新作能 「鎮魂」 :: 2018/05/21(Mon)

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福島県白河市にアウシュビッツ平和博物館がある。昨日、博物館開館15周年記念として新作能「鎮魂」が白河コミネスホールで上演された。

上演の前にアウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館の副館長、アンジェイ・カツォジック氏の挨拶と、能本作者であるポーランド元駐日大使・ヤドヴィガ・ロドヴィッチさんと能楽プロデューサー・笠井賢一さんの対談があった。「鎮魂」はアウシュヴィッツとフクシマが主題になっている。戦争と災害との違いはあるけれど愛する人を喪い決して埋められない悲しみや癒すことの出来ない傷を受けることは同じで、笠井賢一さんに強く勧められて書き上げたというロドヴィッチさん。彼女の伯父が18歳の時にアウシュヴィッツに送られ、名前で呼ばれることなく61617番としてガス室に送られた。妹である彼女の母親は90歳を超えて亡くなるまで、自分も見つかってアウシュヴィッツに送られることを恐れて兄に手紙を書かなかったことを悔いて悔いて悔やみ続けていたと話す。

新作能「鎮魂」の中で、2012年の歌会始で読み上げられた天皇と皇后の和歌が使われている。ロドヴィッチさんが駐日大使をしていた時に出席した歌会始でとても心に残った歌で、特に皇后の「帰り来るを 立ちて待てるに 季のなく 岸とふ文字を歳時記に見ず」という一首に惹かれたという。皇后は、様々な海岸に佇んで、四季を分かたず近親者の帰還を待ち侘びる人々に思いを寄せている。そこには2011年3月の大津波で家族を失った人々のみならず、シベリア抑留から帰った人々、遂に彼の地に留まった人々も含まれる、という解説が宮内庁のホームページにあるそうだ。

能という芸術は社会問題や事件性ではなく、不慮の死で想いを残して亡くなった人々の魂を慰撫し、鎮魂することが主眼の芸能で、戦争で肉親を亡くした人々の悲しみや大震災の津波で肉親を亡くし、原発事故で故郷を失った人々の痛みを表現できる力を持っている、とシテの観世銕之丞さんがプログラムに書いている。能という芸能の根源を考え鎮魂としての能の力を信じてロドヴィッチさんと共にこの「鎮魂」という能の演出に関わった笠井賢一氏が、2016年、アウシュヴィッツ平和教会で、ヨーロッパでは死者の日であり墓参の日と言われる11月1日に、新作能「鎮魂」の「再生と昇天の舞」が奉納されたことを紹介した。教会の祭壇画には倒れ伏した囚人たちが再生し、鳥たちと一緒に昇天していく姿が描かれているのだそうだ。

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この祭壇画の前で舞が奉納された

上演前にこの能にまつわる話が聞けたことが大きな助けとなった。様々な想いが心のうちを駆けめぐり、1時間を超える舞台にのめり込み、終わった時にはぐったりとなっていた。生で能を観るのは初めてだし、新作能を観るのももちろん初めてだ。感動した。今また、プログラムにある「詞章」を読み返しその感動を改めて味わっている。


愛する人を失った人の深い哀しみが伝わる。アウシュヴィッツで骨をかき集めて小さな箱に入れる仕事をする掃除夫も肉親をここで殺され、心を病んでいる一人。沖縄のガマの中で眠っている、未だ身元が確認されていない人々の遺骨を綺麗に洗って肉親のもとに返す作業をしている人たちがいることを想う。ナチスの犯した大きな罪を恨み、二度とそのようなことを起こしてはいけないと祈りを続ける人々と、聖地を巡る争いで異民族を迫害する人々。フクシマの原発事故でそれまでの生活を奪われ、故郷を離れる者と居続ける者とがいがみ合う。海岸が放射能に汚染され、津波で流された肉親を探すことができなかった遺族。観世銕之丞さんは、「能は社会問題や事件性ではなく、不慮の死で想いを残して亡くなった人々の魂を慰撫し、鎮魂することが主眼の芸能」と仰るが、テイクは、未だに戦争や内戦という殺し合いが世界各地で起きているという現実とケーテ・コルヴィッツの「子供を戦争に差し出そうと思う母親がいるものか」という嘆きと人間の愚かさを想っていた。鎮魂にはそういった一面もあるのかも知れない、と勝手に思う。

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・・・・・・・・・・・・・・・

アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館に行きたいねと話しながら帰って来た。それよりもまず、行こう行こうと思っていながらまだ行っていない白河市のアウシュヴィッツ平和博物館に行かなくちゃ。県境を越えてすぐなんだから。





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気分転換になったか・・・ :: 2018/03/30(Fri)

もう一昨日になる。28日の水曜日、高校生向けビラ案を持ち寄ってまた図書館の学習室でああだこうだの話し合い―と言いたいところだが、とりあえず今回はテイクの案がいいと、(本当にいいんだかどうかは知らないが)すぐに決まってしまった。残り時間は証人喚問の話題だ。感想は皆同じで、あれを見た国民は納得してしまうんだろうか、いやいやそれはないんじゃない?でもさアベの支持率が下がったって選挙になればまた自民党を勝たせちゃう様な気がする、この期に及んでもまだ自民党を支持する人ってどういう意識なんだろう、わからない、選挙制度も悪いのよ、腹立たしい・・・。あ~あ~あ~、身体によくないねこういうのって。


夜は無料でピアノデュオが聴けるコンサートに出かけた。気分転換になるか?!
ギターサークル「ポコ・ア・ポコ」の指揮者が無料チケットがあるよとメンバーに声をかけてくれたと18氏が1ヶ月ほど前にこの「ピアノデュオとトークの夕べ」の話を持ち帰った。「いいんじゃない?行きたい。」とテイクは即答した。

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夫のデイヴィス氏は指揮者
妻の滑川さんはピアニスト

オーストリア人のデニス・ラッセル・デイヴィスさんと結婚した滑川真希さん。普段はそれぞれがそれぞれに演奏活動をしているけれど、デイヴィス氏の指揮の仕事のない時に二人でピアノデュオのコンサートを開くという。

「魔笛(ツェムリンスキー編曲4手ピアノ版)より」から(滑川さん曰く)「お馴染みの4曲」が最初の演奏。音響が悪いのかピアノが悪いのかあまりよくないなぁと思いながら聴いた。二つ目はラヴェルの「マ・メール・ロワ」から4曲。そして、シューベルトの幻想曲、フランツ・クサヴァ・フレンツェルというオーストリアの作曲家(「プログラムの中で唯一存命」と滑川さん)の「ソナタ ファーチレ」。「マ・メール・ロワ」と「ソナタ ファーチレ」が良かったかな。

合間合間の滑川さんのお喋りが楽しくてコンサートが盛り上がった。リンツ市と那須塩原市は姉妹都市なのだそうで、姉妹都市になるまでの経緯やリンツという街のこと、夫妻の住む地域の様子や、ピアノデュオを連弾と言う形で演奏する時と2台のピアノで演奏する時の違いなど、好奇心を刺激するような話をする表情が明るい。喧嘩をしている時は2台のピアノで弾く方が気が楽ですと言って肩をすくめ舌を出しても日本語のわからないデイヴィス氏の表情は変わらない。

夫妻が以前住んでいたアパートの隣はモーツァルトがリンツを訪ねた際、二晩でリンツ交響曲を書き上げた場所で、当時のまま保存されているのだそうだ。(ひぇっすごい) 
「入り口にあるボタンを押すとリンツ交響曲が流れるようになっていて、観光客が絶えず押すので一日中うるさいほど聞こえてきます。だれだれの指揮(誰なのかを聞き取れなかった)なんですけどね、デニスが「僕の指揮の方がいい、あれはテンポが遅い」なんて言うんですよと笑わせてくれた。

ピアノ演奏を聴いて気持ちが和らいで、楽しい話で笑った。腹立たしさを抱えていた気持ちが少し治まったか、な?。
帰りの車で、オーストリアにも行きたいな~と言ってみたけれど反応なし。


モーツァルト:交響曲36番「リンツ」

「リンツ」という標題は認識していなかったけれど
聴いたことがある筈だ。

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みんないい子だ、若いっていいね。 :: 2018/03/25(Sun)

直前に知った那須中学校吹奏楽部の定期演奏会にもちろん出かけた。吹奏楽が好きなのだ。那須中はテイクの家から近いし、地域内の秋の文化祭で吹奏楽部が毎年演奏もしてくれているからとても馴染みがある。その成長ぶりも楽しみにしている。昨年の春に第一回定期演奏会も聴きに行って、これから毎年演奏会が開かれるであろうことを喜んだ。


昨日の第二回定期演奏会で挨拶した教育委員長が、地域と学校を結びつける大きな役目をしていると称えていた。コンクールの為の練習だけではなく、高齢化の進む町のあちこちに出かけて演奏する生徒たちの一生懸命さ、快活で溌剌とした笑顔やその輝きを町民が楽しみに待っているのだけれど、彼らの若々しい姿を見るだけでテイクはウルウルしてしまう。大人のせいでこんな嫌な世の中にしてしまって申し訳ない。前途には明るい未来が開けているよと自信を持って伝えられなくてごめんなさい。



音楽あり、全員の愉快な自己紹介あり、笑いを誘うパフォーマンスもあり、よく出来ている構成だ。第二部は短いけれど「那須中央中学校吹奏楽部 オン ステージ!」。なぜか全員女生徒だけど去年より部員も増えていて腕も上がっていた。三曲しか演奏しなかった最後の「ダンシングヒーロー」ではサッカー部の男子生徒が20人ほど出てきて照れながらも懸命に踊ってた。なんだか可愛くていいな~。テイクの知らない「バブリーダンス」と呼ばれるもので、有名らしい。

第三部は客演指揮者の荻町修氏(栃木県交響楽団指揮者)の指揮で大きな曲を四曲演奏した。「PARADAISE HAS NO BORDER」もアンコールの「シング・シング・シング」もいい演奏だ。テイク好みの、吹奏楽で映える曲。ドラムソロもトランペットソロも上手だなぁ。ステージのみんなが楽しんで演奏しているのが伝わってくるから客席も体で拍子をとったり手拍子で仲間に入った。

帰る観客も、出口で「ありがとうございました!」と送り出してくれる生徒たちもみんなニコニコしている。ありがとう。4月に新一年生を迎えてまた新しい音を作り上げていくんだね。

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   吹奏楽部全員の写真入りポケットティッシュがお土産






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淡路人形浄瑠璃 :: 2018/03/05(Mon)

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いやぁ~愉快愉快。

3月4日、白河文化交流館コミネスで公演された淡路人形座による「淡路人形浄瑠璃」。数か月前にチケットは手に入れてあったけれど、淡路島の人形浄瑠璃についてはな~んにも知らない。いったいどんなものなんだろうと興味津々の気持ちを抱いて出かけた。

500年ほど前に淡路島で人形を操る舞を神事に使っていたのが起源のようだ。郷土の民俗芸能として演じられ、最盛期には1000人を越える人形役者がいて全国各地を周って歩いていたという。淡路島出身の人形遣いの一人がこの人形芝居を人形浄瑠璃「文楽」という形にして大阪で創設したのだそうだ。全く知らなかった歴史。仕掛けや早変わりも特徴の一つで、文楽に比べると豪壮な感じがする。人形の表情や大きさの違いもある。江戸時代には盛んに各地で演じられた淡路の人形芝居も時代とともに他の娯楽に人々の関心が移り後継者も減って消滅しそうになったが、1968年に伝統芸能を守ろうという有志の力で「淡路人形座」が設立され今に至るということだ。


最初の演目は「戎舞(えびすまい)」
庄屋の家にやって来た戎様が振る舞い酒に酔いながら、自分の生い立ちなどを話しながら舞い、庄屋に福を授ける。白河の観客へのお世辞も忘れない。最後に船で海に出て鯛を釣りめでたしめでたしという結末だ。それまでの演技が楽しくて笑いが絶えなかった。

この後、人形に関して詳しい説明があり、会場から観客が舞台に上って実際に女性の人形を操るという趣向も楽しかった。「昔の」女性の泣き方とか歩き方とかの仕草を「こうやってやるんでっせ」と面白おかしく説明する。そんなにうまく泣けないと「なにやってまんのん」とダメ出しが入り会場中大笑いだ。

(終演後ロビーで人形と一緒に写真撮影ができる。テイクも戎様と並んで写真を撮った。非公開

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二つ目は「奥州秀衡有鬠壻 鞍馬山の段(おうしゅうひでひらうはつのはなむこ くらまやまのだん)」。鞍馬山で平家を討つべく修行をしている牛若丸と藤原秀衡からの書状を手渡そうと田楽やに化けていた密使・金売吉次が平家の侍・難波十郎から逃れて源氏再興の準備のため奥州に向かうという話。牛若丸とその修行の相手になっていた法師たちとの立ち回りが見どころ。

(田楽やを装っていた金売吉次もロビーに居て、左手で肩を抱かれて記念撮影をした。非公開
この金売吉次の墓が白河にあるという。公演前に出演者たちが墓参りに行ったとの紹介があった。



第二部は「鬼一方眼三略の巻 五条橋の段」。全五段の長い話の中の五条大橋での牛若丸と弁慶の出会いの場面。「京の五条の橋の上・・・」で有名で牛若丸がひらりひらりと身をかわし、弁慶を翻弄する。弁慶が長刀の他にも七つの武器を持っていて牛若丸にやられる度に一つずつ取り出しては再度牛若丸に立ち向かうというのが、通常の文楽とは異なっていて面白い。
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太夫にも三味線にも人形遣いにも女性がいて驚いた。俄然興味が湧く。太夫の声なんて男性に負けず劣らず力強いのだ。男性とはひと味違う雰囲気があった。神事から民俗芸能の「人形芝居」に変わっていったという歴史がそのまま受け継がれ淡路人形浄瑠璃を「芸術」ではなく「芸能」にしている。真に素朴で温かい芸能、好きだなぁ。一度淡路人形座へ行ってそこで鑑賞してみたい。



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狂言 万作の会 :: 2018/02/02(Fri)


年に一度栃木県総合文化センターで開かれる「狂言 万作の会」に今年も出かけた。雪が降るという予報が出ていたので前日(1月31日)まで気持ちは少し億劫だったけれど、どうやら当日の夜遅くになってからとの予報に変わり安心して東北道を40分余り飛ばし、市内のあそことそこで買い物を済ませ食事も済ませ6時10分には着席。

宇都宮での「狂言万作の会」は今年で22回目。宝生流能楽師で栃木県謡曲連盟の安久都和夫事務局長が毎回、能舞台のことなど話しながらご挨拶に立たれるが、22年着実に続けて来られたことに敬意と感謝の気持ちを抱いている。お蔭で年に一度は那須からちょっとひとっ跳びすれば野村万作一門の狂言を鑑賞できるのだから。

本番が始まる前にその日演じられる曲の解説をしてくれる「狂言講座」が毎回ある。これから演じられる曲にぐっと関心を持たせる今年の解説者・高野和憲さんの愉快な話しぶりに一笑いさせてもらった。

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小舞(こまい)というものを初めて観た。地謡と舞で披露されるものらしい。「海人」の舞を担当する予定の内藤連という狂言師がインフルエンザに罹ったために急遽野村万作が代役を務めることになった。ラッキ~かもと大っぴらに言ったらインフルエンザで苦しんでいる若手狂言師に悪いけれどそう思ってしまった。

狂言「舟(ふね)ふな」は主人とお供の太郎冠者の「ふね」というか「ふな」というかの言い合い、主人も主人、お供もお供とだという意地の張り合いが愉しい。太郎冠者に対抗して古歌を持ち出してみたものの、一つしか思い浮かばない。声音を変えたり言い方を変えたりして「ふね」という言い方がたくさんある様に見せかけるも明らかに苦戦している。ある謡曲を思い出して「・・・ふねもこがれいづらん」と謡う主人の後を受けて「ふなびともこがれいづらん」と謡い返す太郎冠者。とっくに負けているんだけれど自分が正しいと言い張る主人を演じる万作の何とも言えぬ愛嬌のある表情に笑ってしまう。

それにしてもさすがの野村万作。立ち居振る舞いに貫録は見せても歳を感じさせない舞台に嬉しくなった。昨年は声が通らなくなっているなぁと感じて寂しく思ったけれど、今回はそんなことはなく充分楽しかった。

第二部は「悪太郎」という長編で45分くらいの長さ。たいていの狂言は20分から25分くらいで終わるものだけれど、これは長いので寝てしまわないようにと解説の高野さんが冗談で言っていた。ところが、すごく面白くて寝てなんかいられない。乱暴者の悪太郎(見るからに悪そうな風貌‐長く伸ばした黒々した髭)が新しく誂えた長刀を振り回し、酒を所望する。酒を注ぎながら日ごろの悪太郎の所業を諌める伯父。酔っぱらい悪太郎を演じた萬斎が舞台から落ちるのじゃないかと思わせるほどギリギリの所をフラフラと歩き周り観客を冷や冷やさせ楽しませた。

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プログラムから拝借した写真

酒を呑み過ぎて帰る途中に路上で寝込んだ悪太郎。心配してやって来た伯父が寝込んでいるのをこれ幸いと悪太郎の髭を剃り頭を丸めて僧の身なりに変え、耳元で「南無阿弥陀仏と名付ける」と囁いて帰ってしまう。悪太郎が目覚めると 僧が「南無阿弥陀仏」を唱えながら歩いてくる。「南無阿弥陀仏」と自分の名前を呼ばれたと思って悪太郎が返事をする。しばらく悪太郎と僧の「南無阿弥陀仏」と返事の面白可笑しいやりとりが続いた後、去った僧の後を追うかのように退場する悪太郎・・・・・


何もかも忘れて大いに笑って「雪かきのことは明日の朝になってから心配して下さい」との高野さんのお勧め通り、何もかも忘れて大笑いして愉快な気分で帰途についた。年に一回でもいいからこうやって狂言で笑うことを続けよう。続けたい。







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ニューイヤーコンサート :: 2018/01/15(Mon)

昨日1月14日、足利カンマ―オーケスターが、指揮者・大井剛史と共に那須野が原にやって来た。「5年前に公立劇場の専属プロフェッショナル室内オーケストラとして発足し活動を開始した。オーディションで選抜した全国から集まった優秀な若手演奏家と熟練したプロの演奏家で編成・・・」とプログラムで紹介されている。

そもそも「オーケスター」って何語?
多分オーケストラのことだろうね。
じゃぁカンマ―って?
「元来バロック時代の王侯貴族の館の演奏室を意味する」とコトバンクで教えてもらった。ふむふむそれでは「室内管弦楽団」と云う意味になるのかね。そう言えばチャンバーとカンマ―って何となく似通っている。あれこれ頭の中で考えてから足利カンマ―オーケスターのHPに行ってみたらその通りだった。ドイツ語で「カンマー・オーケスター」、英語で「チャンバー・オーケストラ」なのだと云う。

一曲めはモーツァルトの交響曲36番だったけれど、チューニングもイマイチずれているような気がしたし、演奏も各パートがバラバラな感じで素人っぽい響きだ。まだ若いオーケストラだし、こんなものかなと思わせる幕開けだった。ところが2曲目のチューバ協奏曲ではオーケストラ全体の調和も良く独奏のチューバともバランスのとれたいい演奏を披露した。ヴォーン・ウイリアムス作曲の躍動感のあるいい曲だ。チューバ協奏曲なんて滅多に聴けないし、ラッキー。宇都宮出身と云う26歳の若き演奏家・田村優弥さんの協奏曲デビューだそうだ。若人たちの将来を楽しみにしたい。音楽家たちが地方でも実力を発揮して生き生きと活動できるようになるのは嬉しい。一極集中は経済だけじゃなく文化にも言えることなのだから。大井剛史氏は、山形交響楽団の素晴らしい演奏を聴いてから好きな指揮者の一人になった。

ニューイヤーコンサートなので第二部はシュトラウスのワルツやポルカ満載で、会場もステージも楽しさを共有し誰もが笑顔になった。アンコールはお決まりのラデツキー行進曲だ。ずっと思い続けているけれどウイーンに行って本場のニューイヤーコンサートを聴いてみたいなぁ~~~。






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「肝っ玉おっ母と子供たち」 :: 2017/10/22(Sun)


二泊三日で能登に出かけた。主目的は能登演劇堂で公演されている無名塾の「肝っ玉おっ母と子供たち」を観ること。この情報は今年の4月だったか5月だったかに新聞で見つけた。少し待てば関東でもやるんじゃない?と思ったけれど、旅行も兼ねて行ってみるのも悪くないねと二人で即断してチケットを購入した。

この劇場は仲代達也が設計段階からかかわって作られたそうで、舞台奥の壁が開閉するように出来ている。・・・と云うことは知っていたが、いざ幕が上がると開かれた扉(後壁)の向こうに広がる外の景色から肝っ玉おっ母とその娘が乗る荷車を二人の息子が引いて舞台に向かって進んで来るのである。おお~っと声が出た。初めて見る度肝を抜かれるような光景だ。外の空気も風も光も一緒に舞台に乗る。一気に物語の中に観客を引き込む効果~いやはや参った。

ベルトルト・ブレヒト作「肝っ玉おっ母と子供たち」は1618年にスエーデンでの宗教戦争をきっかけに始まりヨーロッパ中に広がった大戦、30年戦争が背景となっている。戦場から戦場へと渡り歩きながら、軍隊を相手に日用品から娼婦まであらゆるものを供給する「酒保(しゅほ)商人」として生計を立て子供たちを育てている肝っ玉おっ母・アンナ・フィーアリングと、その二人の息子・アイリフ、フェーヨスと末娘カトリンが戦争で死んで行くという矛盾を描き戦争を風刺する物語だ。中々難しい。終わってみてすぐには完全に理解ができていない。アンケートにも「理解が出来た、少し理解が出来た、難しくて理解ができなかった・・・」などと答えの選択肢の並ぶ設問があったけれど、テイクのレベルでは少し理解が出来たというところか。

戦争を利用して生きていかざるを得ない肝っ玉の据わった弱者、プロテスタントが強ければプロテスタントに付き、カトリックが優勢になればカトリックに付く牧師、生活の場所が戦場となり翻弄される農民・・・戦争の形態も背景も異なる中世と現代だけれど戦争ほど馬鹿馬鹿しいものはないといういつの世にも通じるメッセージが込められているのだと受け止めた。


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仲代達也 「ファシズムに潜む日常」 (抜粋) 
・・・・・・そして、八月十五日を迎えた。「鬼畜米英」から一夜にして「親米派」へと乗り換える大人たちを目にした折には、どうにも割り切れないものを抱え、怒りの矛先はその大人たちへと向かっていた。・・中略・・正直言って、私があの時代に四十代、五十代の大人だったらどうしただろうか、と至って忸怩たる思いの疑念が残る。果たして少年の私が軽蔑したあの大人たち以上の何かができただろうか ― と。・・中略・・身内の人間を愛すれば敵を憎むのは当然だし、みんなが先を争って天皇陛下のために死のうとしているとき、私ひとりがそれに背を向けている勇気はなかったのだ。
 ブレヒトが「肝っ玉おっ母」で描いたように、身の安泰を願い、保身に汲々とするのは、人間の赤裸々な真実である。この真実が「長いものには捲かれろ」の動向を促し、誰もが時代の風潮を敏捷に感じ取って、我先にと「良質の国民」たろうとする。そして、靡かない者には「非国民」の謗りを投げつけるのである。自分の国が大変な時だと言われれば、意地悪く疑ったりすることもなく、素直にそれを信じてしまう ― そうした「善意」の中に、狂気の芽はあるのかも知れない。ファシズムと云うのはそういう人間の善意を、恰好の餌にする生き物である。戦争を暮らしの糧とする「肝っ玉おっ母」とて、何とか戦争から自分の息子たちの命を守ろうと努めたし、兵隊となった息子の死に目に会えば心の中で滂沱の涙を流し、むきだしのエゴが吹きすさぶ中でも、口のきけない娘の幸せを願って常に細やかな心配りをする、ごく普通の母親だ。ある意味では、われわれとそう変わりはない。いや、われわれ自身の中に「おっ母」は確かに居るのである。そうしたことを念頭に置くとき、たえずその「おっ母」の手綱を引き締めて握っていることでしか、ひょっとしたら平和は保たれないのかもしれないのである。



能登まで観劇に行くか?という思いも少し残っていたけれど、外の景色の中から荷車がやって来るという、開閉式後壁のある劇場の特性を効果的に使った演出は能登演劇堂でなければ体験できなかった。設計に関わった仲代達也の計算が見事だということだ。出かけて良かった。来年はチェーホフの「かもめ」だとの予告。また行ってみたいなぁ。



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那須町立那須中学校吹奏楽部第一回定期演奏会 :: 2017/04/02(Sun)

あ~楽しかった。

実は那須町にいくつの中学校があるかを知らない。
テイクの住む地域には昨年那須温泉地区の中学校と
この辺の那須高原中学校がと合併した那須中学校がある。
他にも合併をして一つになった中学校もあって、町全体では計何校になったのだろう・・・。


ま、それはともかく、
その那須中学校の吹奏楽部が町の文化センターの大ホールで今日、第一回定期演奏会を開いたのだ。
チラシはこんな感じ。
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毎年11月に行われるRVの文化祭にご近所のよしみで演奏に来てくれる那須中学校吹奏楽部の晴れ舞台!
2015年度の全国吹奏楽コンクールの課題曲「マーチ・春を歩こう」で始まった。
卒業した3年生も助っ人として加わり、華やかで煌びやかな音。
特に3曲目の「パーテル・ノステルⅡ」はコンクール参加のための自由曲として一番多く練習したと云うだけあって、素晴らしい演奏だ。
上手い!
あちこちからブラボーの声も上がった。

二部はやはりこの春から合併してできた那須中央中学校のうちの一校、黒田原中学校の吹奏楽部の部員の演奏。新しい学校の校歌も演奏してくれた。人数がとても少ないけれどいい音を出していた。

そして第三部では栃木県交響楽団の指揮者のもとで世界的に活躍しているドラマーやトランぺッターが加わって、大きな曲の演奏を聞かせてくれた。
すごいね、こんなに力があるんだ。
栃木県や東関東のコンクールに出場して鍛えた力だね。

地元の星とも言える若者たち。
町長の挨拶で、那須町でつい先日起きた雪崩事故に触れた箇所があった。
逝ってしまったいくつも違わない年の若者たちの分も明るい未来を生きて欲しい君たち・・・・・。
心から大きな拍手を送った。
素晴らしい演奏で楽しませてくれてありがとう。

帰り道で仰いだ那須の山々は今日も綺麗だった。




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「風に立つライオン」 :: 2015/03/19(Thu)

「風に立つライオン」を観てきました。
さだまさしの「風に立つライオン」という歌を聴いていい歌詞だなぁと思っていました。
大沢たかおのファンでもあるし、あの歌から想像するに内容もいい映画の筈だと思っていたのです。
そして、いい映画でした。

子どもたちが可愛い。
何の罪もない、あんなに素直で無垢な子供たちを、
大人たちの馬鹿げた欲望の争いごとに巻き込んでしまっているこの世界。
この時代に生きている大人たちは果たして世界中の子供たちをどうやって守ればいいのだろう・・・

課題が大き過ぎて眩暈がしそうですが、こんな時いつも胸によみがえるのが
「その場その場で真心を持って誠実に生きていけばいいのです」という中村哲医師の言葉です。
丸い地球の日本と云う小さな国の関東の北の外れの此処に居るテイクが唯一できるのは、
現実から目をそらさず、自分の頭で考え、真心を持ち続け、誠実に生きること。



ああ、もう一度「風に立つライオン」を聴きたくなりました。







icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。



  1. 聴きに行った、観に行った
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