Joy Luck Club

日記帖・雑記帖・ぼやきノート・備忘録・・・




チビチリガマ :: 2018/05/06(Sun)



佐喜眞美術館には「沖縄戦の図」の他に「沖縄戦・読谷三部作」が所蔵されている。「チビチリガマ」「シムクガマ」「残波大獅子」という三点のうち正面の「沖縄戦の図」左右に「チビチリガマ」「シムクガマ」が展示されていた。

読谷村のチビチリガマに行ってみたい。美術館の屋上から普天間基地を見下ろしながら、予定していなかったけれどこれから行こうと決めた。逃げ込んだ村民たちのほとんどが集団自決で亡くなったチビチリガマ。標識も何もない。この辺りだと思うという18氏の不確かな勘にしたがって車を降り、歩いて行くと鬱蒼と茂った木々の下の方から何かを訴えるような女性の声が聞こえる。階段を恐る恐る降りてみたら平和学習に来た中学生たちが、チビチリガマの前で「平和講和」を聞いている最中だった。「私たちに構わずどうぞガマに手を合わせて行って下さい」と講師に言われたが、講和を一緒に聞きたいとお願いした。講師は観光客を警戒している様だ。ダダダッとやって来て写真を撮ってダダダッと帰っていく。戦争のこともここがどういう場所なのかも考えないでただの観光で来るだけ・・・という印象を持っているのだろうと想像できた。そういうことを講和の中に混ぜて話していた。

居てもらっては困ると言われなかったので、隅で講和に耳を傾けた。時に怒りを込め、時に諭すように中学生に語りかける。中学生はどの子もみな真剣に聞き入っている。「子どものころから自分がおじいおばあから聞いてきた戦争の話を、あなたたちの様な若い人に伝えていかなくてはいけないと思ってこの仕事をしているの。ここで見たこと感じたことをしっかり胸に留めて、平和がどんなに大切なものかを考え続けて行って下さいね。いじめも差別も絶対にダメ。それが戦争につながるんだから。自分のやりたいことを見つけて幸せに生きて下さい。来てくれてありがとう。」と講師が話しを結んだあと、中学生たちが兵庫県から修学旅行に来る前に時間をかけて準備したのであろう平和の誓いを読み上げ、合唱をチビチリガマに捧げた。

偶然この感動的な場面に居合わせることができて幸運だった。皆がシムクガマへ移動する前に講師の方が「礼儀を守ってくれてありがとうございました。写真も撮らず静かに聴いて下さって嬉しかったです。」と仰る。去年、このチビチリガマを16歳から19歳までの少年たちが荒らした事件があった。チビチリガマの写真が心霊スポットとしてインターネットで取り上げられているのを見て、肝試しのつもりでやった、それが沖縄の子供たちだったことに地元の人びとは大きな衝撃を受けて、一時、ここに降りてくる階段も閉鎖したという。観光客には戦争で亡くなった方たちのことを思い心静かにお参りして帰って欲しい・・・・・。

中学校の主任教諭(と見受けられる方)も「ご迷惑をおかけしました、ありがとうございました」と言葉をかけて下さった。こちらこそ素晴らしい生徒さんたちに出会えて幸運でしたとお礼を言った。本当にいい出会いだった。この偶然に心から感謝している。


「サトウキビ畑」の歌碑が近くにある。あの「ざわわざわわざわわ・・・」という有名な歌だ。もちろん何十年もの間、時に感動し聴いてきた歌だけれど、この畑の向こうの一面の海をこの目で見て初めて「むかし海の向こうから戦がやって来た」という歌詞がチビチリガマを見た後に重く現実味を帯びて迫ってきた。あの海が米軍の船で埋め尽くされ、この空の下、ここから沖縄戦が始まった。
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(沖縄タイムス沖縄戦アーカイブより)
海の向こうから戦がやって来た



沖縄戦で四分の一の県民が命を奪われ、戦後はアメリカの支配下に置かれ、平和憲法に守られると思っていた本土復帰後も米軍基地が減るどころか本土の海兵隊が沖縄に移駐し、アメリカの戦争に沖縄から戦闘機が飛んで行く状態は続くまま。米軍兵士の起こす事件も米軍による事故も減らず、今、辺野古に新しく基地が作られようとしている沖縄。海の向こうからやって来た戦が沖縄では未だに終わることなく続いていることを本土の人間はしっかり受け止めなければならない。その上で沖縄の人々が反戦反基地を掲げて闘うことを正当に評価すべきではないか。

沖縄タイムス製作の「沖縄戦デジタルアーカイブ 『戦世からぬ伝言』」は秀逸を極めている。沖縄戦がどんなものだったかを知るために是非ご覧あれ。読谷での戦闘については「第二章 米軍は読谷を目指した」を参考にした。







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佐喜眞美術館 :: 2018/05/05(Sat)

今年の沖縄行きは4月24日から27日までの三泊四日、実質的に使えるのは中二日しかなかった。

2月のいつだったかに4月25日「辺野古・大浦湾をカヌー・船でうめつくそう」という集会があるという情報を得て、カヌーに乗って海には出られないけれど辺野古浜での連帯集会には参加できる!と思って計画を立てた。その後、「奇跡の一週間」というキャンシュワブゲート前、連日500人の座り込み行動と連動していることを知ったけれど、前後の予定や経費などを考えて今回は短めの滞在にした。結局25日は辺野古浜の連帯集会に参加しないままゲート前で一日中座り込んだ。

佐喜眞美術館で丸木位里・俊夫妻の作品「沖縄戦の図」を是非観たいと計画もしていたので、翌日はゲート前での座り込みに後ろ髪を引かれながらも宜野湾市の普天間基地に食い込むように建てられた佐喜眞美術館に行くことを選んだ。

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「原爆の図 丸木美術館」に出かけた時に購入して読んだ「アートで平和をつくる 沖縄・佐喜眞美術館の軌跡」がきっかけだ。館長・佐喜眞道夫氏がこの美術館を建てるまでの経緯がまとめられている。沖縄から熊本に疎開していた両親のもとに終戦直後に生まれた佐喜眞氏は東京で学生生活を送っている時に沖縄に対する偏見と沖縄差別に出会った。22歳で母方の佐喜眞家を継ぎ、全ての土地を米軍に接収された佐喜眞家の11代当主となった彼は自動的に軍用地主となる。これがゆくゆく美術館を建てる土地になった訳だ。先祖も背中を押してくれているように感じ、この土地を米軍に返還させようと交渉を進めた。簡単には行かなかったが年月をかけ実現させる。

丸木夫妻は「沖縄戦の図」をどうしても沖縄に置きたいという強い意志を持っていた。「人間は、その現場に身を置くことで、様々なことを感じ取ることができる」「体験した人々の証言に、人間と戦争について考え続けた丸木夫妻の哲学が加わって創作された芸術作品」だからどうしても「沖縄戦の図」を収める美術館を沖縄につくらねばならないと決意した。

こうして佐喜眞美術館が出来た。佐喜眞氏が初めて「沖縄戦の図」を観たのは1984年、東京都美術館の展覧会だった。

この美術館は普天間基地の一部に食い込むように建ち、絶えず訓練を繰り返している米軍のヘリコプターや戦闘機の爆音が聞こえ、窓ガラスの向こうにその姿が見える。美術館の天井の高さが進むごとに高くなり、「沖縄戦の図」が二部屋ほど先の向こうに見える。「沖縄戦の図」が展示されている部屋に足を踏み入れてまずその全体に目をやる。そして振り向いた壁には沖縄戦を体験した人たち100人の顔の写真が全面にある。泣きながら話している、怒りをあらわに話している、楽しかったことを思い出して話している、様々な表情の100人の顔。自分は生き残ったものの家族を喪い友を喪い自らもひどい目にあった人たちだ。

また振り向いて「沖縄戦の図」に近づいていく。壁いっぱいの絵の隅から隅まで行ったり来たりして一つずつ確認しながら観る。あゝと何度も口から洩れる。

「恥ずかしめを受ける前に死ね
手りゅうだんを下さい
鎌で 鍬で カミソリでやれ
親は子を夫は妻を 若きものはとしよりを
エメラルドの海は 紅に
集団自決とは 手を下さない虐殺である 」
と絵の片隅に書き込まれてある。

もう一度後ろの壁を振り返って100人の顔と対面する。
「沖縄戦の図」を沖縄に置きたいと願った丸木夫妻とじゃぁ僕がその絵を置く美術館をつくると立ち上がった佐喜眞氏の決断は正しかったとつくづく思った。

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詳しくは佐喜眞美術館のホームページ


「アートで平和をつくる」をパラパラ読み直していたら
この美術館のデザインをした建築家・真喜志好一(まきしよしかず)さんは
5月1日にブログに載せた「沖縄県警機動隊への疑問」 という記事
引用させていただいたノートの作者だったことに気がついた
ああそうだったのか・・・・・







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「沖縄県警機動隊への疑問」 :: 2018/05/01(Tue)

facebookで紹介されていた真喜志好一さんの「沖縄県警機動隊への疑問」と題する検証
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ゲート付近には上の図のように機動隊車が停められている。
道の片側を塞いでいるので、交通の妨げにもなり、
抗議する市民が座り込むスペースが狭くなり、分断される。
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写真1に「昼夜放置されている機動隊バス」という注釈がある。
抗議を始めるとエンジンをかけて排気ガスを排出するということだ。
「仮説留置場」(テイクは路上監獄と書いた)はこんなに狭い。
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片側車線を機動隊車で塞いで通行する車がすれ違えない状態を作る。
警察が交通整理をしないから、
ダンプカーの間に入った市民の車は長い時間動けない。
時々、アルソック(ALSOK)の警備員が車を通行させるが、
それでも通過するのにとても長い時間がかかる。
座り込みをしている市民が交通の邪魔をしているという印象を与えるのが権力側の目的なのだ。

そもそも抗議行動は違法でも何でもない市民の権利だ。
昨年抗議行動に参加した時はゲート前やフェンス前の歩道で座り込みができた。

歩道を封鎖しておいて仕方なく車道で座り込み抗議をする市民に向かって
「車道に座り込むのは法律違反です。すぐに立ち退きなさい。」などというのは筋が通っていない。
抗議行動の評判を落とそうと躍起になっている警察。
国家権力の汚い姿だ。






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奇跡の一週間 4月25日 :: 2018/04/30(Mon)


沖縄県名護市辺野古 キャンプシュワブのゲート前の抗議活動に参加した一日

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朝8時半ごろにゲート前に着いた
抗議する人たちの座り込みはもう始まっている


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ゲート前の歩道には機動隊車が停められている
その前で抗議の座り込み
座り込む人たちの前に機動隊員たちがぎっしり立つ


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1825も座り込みに加わった


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取り囲む機動隊員に抗議のプラカードを掲げ
抗議の声を上げる人たち


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幼い表情の残る青年もいる
嫌な仕事をさせられて可哀想だ

君たちの上司のその上の上の上・・・にいる
安倍晋三が命令しているんだよ


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ごぼう抜きが始まった

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国頭の方から砕石を積んでやって来た大型ダンプが車線を塞ぐ
その前にも抗議の座り込みをする人たちがいる


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100台以上のダンプカーは抗議する人たち全てが排除されるまで
この日は3時間半ほど待たされたことになる
座り込む人が多いほどこの時間が長くなり
時間が長ければ長いほど一日に運び込まれる砕石は少なくなる
工事は遅れ、やがて梅雨が来る
非暴力の抗議行動は毎日続けられる
座り込みを初めてもうすぐ4年だ




座り込んでいる人のほとんどが70代80代の人たちだ。車椅子で参加している人もいた。アスファルトの上に数時間座り続けると、お尻も足も腰もどうしようもなく痛くなる。ごぼう抜きされた人たちはエンジンをかけっぱなしの機動隊車数台に囲まれた狭いスペースに押し込まれる。排気ガスを吸って気分が悪いと訴えても警察は解放してくれない。稲嶺ススム前名護市長もごぼう抜きされ閉じ込められた。人権無視の通称「路上牢獄」でもまたリレートークが始まる。沖縄の人たちは、この明るさ、力強さで明日も座り込みに来るのだ。毎日じゃなくても週に一回、月に一度と座り込んで4年。すごいな。一年ぶりに栃木から来たと言うとよく来てくれたねと喜んでくれる。涙が出る。

本土から来た人はこの状況を周りの人たちに伝えて欲しい、世界中に発信して欲しいという山城博治さんの訴えに応えて、微力ながらテイクも知人友人に話し、手紙を送り、ブログに書く。



アメリカの独立テレビ局「デモクラシー・ナウ」がこの抗議行動を取り上げた。
渡瀬夏彦さんが提供した映像だ。
ゲート前で渡瀬さんをお見かけしたので声をかけて初対面のご挨拶をした。





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基地建設を止める奇跡の一週間 :: 2018/04/23(Mon)



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奇跡の1週間の第一日目、今朝のゲート前の様子を抗議行動の途中からだけど渡瀬夏彦さんのツイキャスで観た。

たくさんの人がゲート前で座り込んでいる。
山城博治さんがスピーチをしていた。
これだけの人が集まってもダンプカーを通すのかと抗議の声を上げる。
ゲートに向けて道の上り下り両車線にダンプカーがやって来てズラッと並ぶ。
来るぞ来るぞと言っている間に大きな機動隊車が3台ほどフェンス際に停められる。
そしてごぼう抜きが始まった。
機動隊車に囲まれた狭いスペースにごぼう抜きにされた人々が引きずられていく。
手荒いやり方だ。

こんなことがいつまで続けられるのか。
沖縄県民の意思を踏みにじり、何が何でも新基地を造るという強権的な姿勢を絶対に許さない。新基地建設反対を訴えている人たちの想いをぶつけたい相手は機動隊員でも警察官でもダンプカーの運転手でもなく、安倍政権、アメリカ政府・アメリカ軍なのだ。


1日しか参加できないけれど、1825は500人のうちの二人になる。




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@辺野古キャンプシュワブゲート前テント :: 2018/02/08(Thu)





今日もまた名護市の話題だ。
選挙中から連日情報発信をしている渡瀬夏彦さんが辺野古キャンプシュワブゲート前のテントで稲嶺さんが話している様子を動画配信中だった。昨日の今日だ。稲嶺さんが諦めずに頑張りましょうねと呼びかけている。(「新しいアカウントを作成」の下にある「後で」をクリックすると視ることができる)

「今回の選挙に敗れたことは大きな痛手だけれど、でも収穫もあったんです」
若い人が集まってくれたこと。それが何よりうれしかった。毎朝、6時ごろにジョギングのために家を出るのだけれど、ある朝、5~6人の若者たちが一緒に走りたいと言って毎朝ずっと一緒に走った。選挙が終わった翌日の月曜日から30代の男性が一緒に交通安全おじさんをやりたいと加わってくれた。

11月にある市議選で新基地建設に反対する市議を今以上に増やして、新市長がおいそれと国の言いなりになれないような状況を作ることが今は重要課題だという。そういった展望を描いてもう次へと足を踏み出している稲嶺さんがすごい。

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新市長は公明党と「海兵隊の県外・海外への移設すること」を約束しているからこれを守らなければならない。かたや新基地建設を進める国からの交付金を受け取ることになっている。かなり苦しい立場に居るのは間違いない。

稲嶺市長の時には交付金なしでやりくりしている名護市を応援したくてふるさと納税をしていたけれど、もう止める。




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交通安全おじさんの稲嶺ススムさん :: 2018/02/06(Tue)

2月4日の名護市長選に敗れ、その結果に苦渋の表情を見せた稲嶺進さんだが、翌朝にはいつもと変わらない笑顔で交通安全おじさんになっていた、とfacebookで沖縄の今を伝え続けてくれている渡瀬夏彦さんが写真を公開した。渡瀬夏彦さんは沖縄に移り住んで十数年、週刊金曜日や週刊ポストなどに沖縄の現実を伝える記事を書いているフリージャーナリスト・ノンフィクションライターだ。このブログへの転載許可をいただいたので、稲嶺さんの笑顔とその写真に添えられた渡瀬夏彦さんの文をここにご紹介する。



敗戦の翌朝も、いつものように笑顔で「交通安全おじさん」を務めるススムさん。
心から尊敬できる人です。

わたしは申し上げました。
「力になれなくてすみません。お役に立てなくてすみません」
するとススムさんは、あなたが想像する通りのやさしさでわたしに返事をくれました。

この期に及んでこちらが元気を頂戴している。

この人からもっと学びたい、とあらためてしみじみ思いました。子供たちはいつものようにハイタッチに力を込め、あるお母さんは「これからも応援します」と力強い声を発し、丁寧におじぎをしていかれました。
ドライバーたちも次々に礼をしたり手を振ったり軽やかなクラクションで励ましたり…。

これほど地域の人びとに愛されている市長を選挙で勝たせることができなかった。

しっかりと敗因を分析し、今日からまた頑張りましょう。

渡瀬夏彦さん撮影の写真とコメント
facebookより


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稲嶺さんのお人柄がにじみ出ている笑顔ではないか。ああ、またため息混じりの涙が出る。いかんいかん。






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完敗だった。 何故? :: 2018/02/05(Mon)

開票速報で稲嶺ススム候補の敗戦が伝えられた。稲嶺さんの哀しく苦しい表情に何も言えない。何故なんだ?

相手候補が徹底的に公開討論を拒んだので、市政に関する政策論争も、新基地建設を許して海兵隊のヘリコプターやオスプレイが空を飛び回る名護市になってもいいのかどうかも討論できなかった。国がそうさせなかった。安全に暮らせる日々や、子や孫の未来を用心深く考えつくすことがどうして有権者にできなかったのか。口惜しい。


今日は鈴木耕氏の「祖国復帰闘争碑」の記事を読み返した。読み返したくなった。
マガジン9の「風塵だより」106号(2017年2月8日)


民主主義をないがしろにし人権をも奪おうとする権力には抗うしかない。
それが沖縄であろうと何処であろうと、
いつの時代であっても・・・。




沖縄本島最北端・辺戸岬にある祖国復帰闘争碑 
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~ 全国の そして世界の友人へ贈る ~

吹き渡る風の音に 耳を傾けよ
権力に抗し 復帰をなしとげた 大衆の乾杯の声だ
打ち寄せる 波濤の響きを聞け
戦争を拒み 平和と人間解放を闘う大衆の雄叫びだ
鉄の暴風やみ 平和の訪れを信じた沖縄県民は
米軍占領に引き続き 一九五二年四月二十八日
サンフランシスコ「平和」条約第三条により
屈辱的な米国支配の鉄鎖に繋がれた
米国支配は傲慢で 県民の自由と人権を蹂躙した
祖国日本は海の彼方に遠く 沖縄県民の声はむなしく消えた
われわれの闘いは 蟷螂の斧に擬せられた
しかし独立と平和を願う世界の人々との連帯であることを信じ
全国民に呼びかけ 全世界の人々に訴えた
見よ 平和にたたずまう宜名真の里から
二十七度線を断つ小舟は船出し
舷々合い寄り 勝利を誓う大海上大会に発展したのだ
今踏まれている土こそ
辺戸区民の真心によって成る沖天の大焚火の大地なのだ
一九七二年五月十五日 沖縄の祖国復帰は実現した
しかし県民の平和への願いは叶えられず
日米国家権力の恣意のまま 軍事強化に逆用された
しかるが故に この碑は
喜びを表明するためにあるのでもなく
まして勝利を記念するためにあるのでもない
闘いをふり返り 大衆が信じ合い
自らの力を確かめ合い 決意を新たにし合うためにこそあり
人類の永遠に存在し
生きとし生けるものが 自然の摂理の下に
生きながらえ得るために 警鐘を鳴らさんとしてある






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「本土の理解が得られない」 :: 2018/02/04(Sun)

「沖縄の基地負担軽減」の為の普天間飛行場の辺野古移設・・・と繰り返す政府に、沖縄県は県外・国外移設を求め続けてきた。立憲民主党の阿部知子議員の質問に対する安倍首相の答えが「移設先となる本土の理解が得られない」というのだ。本土の身勝手さが沖縄に米軍基地を集中させている原因の一つだと思ってはいたが、首相自らこんな風に考えているとは。沖縄県民だって納得して受け入れている訳ではないのだ。沖縄に集中している基地を受け入れようと本土住民に働きかけているのか。沖縄を日本の一部と考えているとはこの答弁からは感じられない。





琉球新報 2月2日の記事
琉球新報<社説> 「本土理解困難」発言 いつまでも捨て石なのか


2月3日報道特集


琉球放送の開票速報のネット配信を見ながらこれを書いている。



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名護市長選、市議会議員補選 :: 2018/02/03(Sat)

沖縄県名護市の市長選と市議会議員補選の投票日が明日だ。名護市はあの辺野古に新基地を造られようとしている市で、安倍政権としては新基地建設に反対する市民とその市民が選んだ現職市長・稲嶺すすむ氏の再選を何としても阻まねばならないと位置付けている選挙なのだ。本土の私たちのどれだけの人がこのことを真剣に考えているだろうか。

今回の選挙では、稲嶺現市長を中傷するデマが想像を絶するほど流されているという。三期目を目指して立候補した稲嶺候補に対して自民公明が立てた候補は渡具知武豊氏なのだが、公開討論会には一切応じないという姿勢を貫いている。自陣営の青年会議所が企画する公開討論にでさえ応じないというのだ。三原順子議員や小泉進次郎議員を応援に送ってはいるものの、辺野古の新基地建設には一切触れず、演説の内容は面倒なゴミ分別を解決するとかしないとかだ。は?それはもう市議会で解決されている課題だというではないか。テイクもツイキャスで演説を聞いた。

自民党内では応援に行く議員に対して「辺野古の『へ』の字も言うな」「普天間で起きている事故にも触れるな」と指示するメモがあるとの報道。もうなりふり構っていられないということだぁね。

激戦とか横一線とか言われているが、何としても稲嶺候補に勝ってもらいたい。名護市民が交付金に釣られて新基地建設を推進する政府に懐柔された候補を選ぶとはよもや思わないが、企業や医師会の締め付けがひどいと言われる選挙戦。いつまで経っても変わらない金権・地縁選挙がまかり通る世の中って言うのにはうんざりだ。




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