Joy Luck Club

日記帖・雑記帖・ぼやきノート・備忘録・・・




「沖縄と核」 :: 2017/09/11(Mon)

過去の記録を見せつけられたり、読んだりする度に、人間とはどうしてこんなに馬鹿なことを繰り返しているのかと脱力感に襲われる。馬鹿なんだからもうどうしようもないんだと。それじゃいけないんだけれど、歴史の真実を観たり読んだりした直後はいつも深く沈んでしまう。
この番組もそうだった。知らなきゃいけない事実を今頃知るという苛立たしさ。人権を無視して戦争を優先させる権力者に対する腹立たしさ。ここでも沖縄は米国と日本の盾にされていた。


NHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」



NHKスペシャルはいい番組を作っているなと思う。けれど、欲を言えば実はこうだったと過去を見せるだけではなく、権力者たちが現在何をしようとしているのかをえぐり出し視聴者の目の前に晒して欲しい。




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さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


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「九条俳句」市民応援団ができました。


  1. 沖縄
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浦和に行った :: 2017/09/04(Mon)

「沖縄の闘いを支援する講演と映画のつどい」に参加したくて、浦和まで出かけた。初めて降り立った浦和駅から歩いて10分足らずの埼玉会館が会場だ。

三上智恵監督の「標的の島 風(かじ)かたか」のフォーラム那須塩原での上演を「映画サークル 十人十色」で応援することが決まっている。沖縄から遠い栃木県のさらに遠い県北では沖縄の現状を知っている人も少ないのではないか・・・ということでプレイベントを準備中だ。テイクにとって沖縄は、不公平、非民主主義、差別の矢面に立たされている所、非暴力に徹し「しなやかでしたたかに」闘いを続けている人々の島と云う存在だ。沖縄戦からずっと続く日本政府と米軍の理不尽な支配を黙って見過ごす訳に行かないという気持ちがテイクの中では強い。沖縄だけでなく、原発事故や再稼働を進める姿勢に対しても同じだし、年金問題、非正規雇用の増大、大手資本への減税、庶民には増税などなどなどなど国民に目を向けない政治を許しておけないという気持ちに繋がっている。

昨日は「沖縄からの報告」として一級土木施工管理技士の奥間正則さんと沖縄平和運動センター議長の山城博治さんの話を聞くことができた。お二人の話を聞くために出かけたようなものだ。
奥間さんは高江のヘリパッド建設に関して監視・調査・記録を続けていて、貴重な資料の蓄積がある。短い時間しかなかったのでかいつまんだ話しか聞けなかったのがとても残念だ。

◆北部訓練場には ヘリパッドが15個もあるのにそれを使わないで、ヤンバルでしか見られない貴重な生きものたちが棲む森を切り開いてまで高江地区を取り囲むようにしてオスプレイパッドを作った。
◆ 米軍にとって不要な北部訓練場の一部を日本に返す返還式に間に合わせる為に突貫工事で仕上げたヘリパッドは、完成直後から法面(のりめん)が崩れて盛り土をやり直したり、排水が悪いために土がたくさん水を含み「ずぶずぶ」状態で、斜面から何本も出ている排水管からは晴れた日でも水が流れ出している状態だ。
◆ そんなヘリパッド=オスプレイパッドを使ってオスプレイの離着陸訓練が日々行われている。重量が270tもあるオスプレイが垂直に跳び上がる時に300℃の高熱が噴射され、張ってある芝生もすぐに枯れてしまい、ヘリパッド上は茶色く変色してしまっている。
◆ ・・・・・・・・・・その他諸々
プロジェクターで奥間さんの記録を画像で見せながらの説明で具体的によくわかる。最後に見せてくれたのは、仲間が撮影したというオスプレイが飛び立つ時の映像だ。近くの樹が右へ左へ大きく揺れている。葉っぱも飛び散る。音も大きい。映像では伝わってこないけれど、これに加えて空気振動がひどく、子どもたちの健康が損なわれみんな高江から出て行ってしまった。本土には伝えられないまま、こんなにひどいことが進められているのだ。

山城博治さんは昨年不当逮捕され5カ月以上拘束された。釈放されはしたものの、関係者には会うなと言われ、最初の2週間ほどは幽閉状態だったという。抗議して会ってはいけない人物が5人だか10人にだかに限定されたが、一番に跳んで行きたい辺野古や高江のテントには行けない。それならば沖縄の現実を伝えようとこうして全国を回っているのだと話す。言わば「当局公認の全国行脚だ」と笑わせてくれた。末期だった喉頭がんを克服してとても元気で明るくて楽しい。そして歌が何曲も出て来る。会場中が一緒に歌い大いに沸いた。

映画が終わって(この映画のことはまたの機会に書こう)、最後はカーミーズが再登壇して、山城さんも奥間さんも主催者のスタッフも客席の参加者もみんなでカチャーシーを踊った。沖縄から浦和まで来てくれたみなさんの、一人でも多くの人に今日聞いた話を広げていって欲しいという想いをしっかり受け取った。


2017september_04.jpg
辺野古に新基地を建設するために海の埋め立てをする。埋め立ての為の土砂は2割が沖縄の採石場から、8割は県外から運ばれてくる。鹿児島県の種子島地区、奄美大島地区、佐多岬地区、熊本県の天草地区、長崎県の五島地区、福岡県の門司地区、そして山口県の黒髪島や小豆島の瀬戸内地区の7か所から現在は運び込まれている。それぞれの地元では「辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会」が作られ辺野古への土砂の運搬をやめるよう自治体に申し入れたり抗議をしたりしている。運輸産業労働組合や港湾労働組合も基地を造るための土砂は運ばないという決議をした。

こう言った各地での一つ一つの運動がキャンプシュワブのゲート前で毎日抗議を続けている沖縄の人たちの大きな支えになっていて心から感謝していると山城さん。他にも東京大阪千葉福岡愛知などから機動隊を送り込んでいるが、これは不当な警備活動の為に都府県民の税金を使って他県で仕事をさせているとして各都府県に監査請求をしている団体がある。東京都は門前払いだったので東京地裁に訴えたところ、裁判所が都に対してきちんと監査をするようにと通達を出したという。これも小さいながらも一つの前進だと山城さんは頭上に掲げた右手を大きく回して「イェ~イッ」と叫んだ。

諦めないで一つずつ乗り越えていくことの大切さ、広く連帯する手をつなぐことの大切さ、地道に監視を続けて記録を残すことの重要性を改めて教えてもらった。奥間さん、山城さん、ありがとう。



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埼玉会館の前で「九条俳句」市民応援団のメンバーがチラシを配っていた。9月6日の市民の集いと10月13日のさいたま地裁での判決言い渡しの知らせだ。那須に住んでいるけれど応援団に入ってます、会報も受け取っていますと言ったらとても喜んでくれた。テイクも思いがけなく「九条俳句」市民応援団の方々に会えて嬉しかった。10月13日には是非勝利判決を手にしたいものだ。


  1. 沖縄
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沖縄漬け? :: 2017/08/24(Thu)

この数日間かけて、九条の会への沖縄旅行記その②の原稿を書き終え、テイク担当の「沖縄 見る・聞く・踊る・考える」(仮題)用チラシ(案)を作って、明日のミーティングに配布する為に十人十色のメンバー8人分を印刷した。

残るは十人十色のホームページを10月に上映する「標的の島~風(かじ)かたか」に差し替える作業。だいたいは出来上がっているから見直して手直しして更新することになる。明日の午前中に終わらせたい。10月の上映が終わるまでは沖縄漬けだな。

それにしてもなんと蒸し暑いことよ。湿度75%!





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すなっくスナフキン :: 2017/08/17(Thu)

「那須野が原九条の会」が3ヶ月に一度発行している会報に、4月に行った沖縄での体験を書いた。その続きを提出する期限がどんどん迫ってきている。重い腰を上げなくてはならないのだけれど、中々うまくまとめられない。書きたいことが多すぎる。前回は伊江島とひめゆり平和祈念資料館のことを書いたので、今回、辺野古での座り込みと高江のテント訪問、そして最終日の不屈館のことを書いて「完」としたいところだけれど字数が大幅に増えて不屈館のことまで書けないかも知れない。



行く先々でメモしたもの見返して記憶を辿りながら追体験をするのは楽しい。正確に書こうと思えば現場で書きとどめたものを読み返し、あやふやなことはあれこれ時間をかけて調べなければならない。今回のレポートでは、キャンプシュワブゲート前で大浦湾の多種多様な生き物のことを解説してくれた西平さんのことが特に印象的だったので書いた。テイクのメモには「西浦」と書いてあるけれど、あの座り込みのざわざわした中で聞き取ったので確実かどうか自信がない。そこで、そのレクチャーに感動して購入した「大浦湾の生きものたち ~琉球弧・生物多様性の重要地点、沖縄県大浦湾」の編者のである「ダイビングチーム すなっくスナフキン」のホームページへ行って、そこを起点にあっちに跳んでこっちに跳んでして代表者が西平さんだということがわかった。西浦さんではなく西平さんだったのだ。写真もあったので間違いはない。5月14日のブログでは(西平さんかも知れない)と書いてあってそこにはこんなことも書いたのだ。

『昨日、那覇からのバスで一緒だった「沖縄のおばちゃん」の一人が、西浦さん(西平さんかも知れない)の話が終わるや否や出てきて、「この人はすごい人なのにとってもシャイで、小さな水族館もあるんです、そんなこと一言も言わないけれど。是非、「大浦湾の生き物たち」と云う本を買って大浦湾の生き物のことを知って下さい。」と補足していた。』
2017august_04.jpg
多種多様な生きものたちの綺麗な写真満載で、パッと開いてどのページを見ても気持ちが和らぐ。のんびり海を浮遊してる気分で楽しい。こんなにたくさんの生きものがいる美しい海を埋め立てるなんて絶対にさせちゃならないと思う。


「ダイビングチームすなっくスナフキン」のHPに行くと大浦湾の生きものたちに会える。画像と映像のギャラリーが楽しめる。時間を忘れて観てしまうのでご注意を。昨年12月に墜落したオスプレイの残骸をダイビングチームが回収している映像もある。



たくさんあるゆったり映像の中から一つご紹介




さて、原稿書きに戻らねば・・・。





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沖縄旅行を振り返って :: 2017/05/26(Fri)

あっという間に沖縄から帰って1ヶ月以上が過ぎた。
コミュニティー紙には辺野古のことを短くまとめて、
「那須野が原九条の会」には初日の伊江島から最終日の不屈館まで
2回に分けて書いたものを掲載してもらった。、
こう云った作業をするといろいろ思い出すことができていい。
そこに書かなかったことを少し書いて、今回の沖縄旅行記を終えよう。

■日々欠かさないラジオ体操と雨降り以外の散歩。
最初の朝、今回もいつもの旅先でと同じに、5時起きて身支度をして散歩に出て、ラジオ体操をやる場所を探す。近くに公園があるのであそこまで行ってラジオ体操をしよう。気温はもちろん那須より高いけれど、朝の空気は爽やかだ。物珍しいからあちこち歩き回って公園に近づくと人がいっぱいいる。恐らく50人以上。みんな太極拳らしきゆったりした動きをしている。面白そう、入れてもらおうと小走りに公園に向かった。太極拳じゃなかったけれど、翌朝もその次も、雨が降っていない朝、辺野古行きの朝以外はこの公園に通った。6時半からのラジオ体操とその後の太極拳みたいなのと、もう一つ何だかわからないけれどストレッチもして30分。広~い公園に多くの人が散らばっている。大半が年配者で、その中を通勤通学の若い人たちが通ったり、ジョギングやウォーキングの人も通り抜けて行くのんびりした体操会だった。誰かがカセットプレーヤーを持ってきているのだろう。終われば三三五五に帰って行く。「いいもの見~っけ」だったなぁ。

■元学生ラガーマンとレストランで出会う。
旅先では毎日、晩ごはんをどこで食べるのかが1825にとっての課題だ。昨日は日本酒だったから今日はワインが飲みたいと云う具合で店を探す。最後の夜に行ったのは、フランス料理を食べさせるカジュアルレストラン。お勧めコースを食べながらワインを飲んで、もうチョイ飲みたいから今度はグラスワインでチーズの盛り合わせ・・・。すぐそこのカウンターに座った男性がすごくいい体格で連れの男性とラグビーの話をしていてニュージーランドがどうのこうのというのが聞こえてきた。すぐそこだから、オールブラックスにいたんですかなどと図々しく声をかける。いやいやとんでもない、学生の時にラグビーをやっていて・・・・。そこからラグビー談議に花が咲き思いがけず楽しい時間となった。沖縄に来てラグビーの話で盛り上がれるとは。ウキウキ気分でホテルに戻った。

■沖縄ラーメン三昧。
滞在中、辺野古でお弁当を食べた以外は毎日お昼ご飯は沖縄そばだった。前回、初めて食べてクセになってしまったから、今回も飽きずに食べた。飛行機に乗る前にも空港で最後の沖縄そば。特に何処が美味しいのか調べて行かなかったけれど、どこのも美味しかった。とある店の壁には「オスプレイはいらない タケコプターが欲しい」「ぼくらにはウルトラマンがついている」とか書いた紙が貼ってあってにんまりしてしまう。あ~沖縄ラーメンが恋しい。




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無料上映会  (4月21日の夜 沖縄滞在五日目) :: 2017/05/19(Fri)

幸運なことに、最終日の夜にホテルの近くにある「沖縄県立博物館・美術館」の2F小ホールでの無料上映会に参加できた。FACEBOOKで繋がっているライターの渡瀬夏彦さんからの情報を得て知っていたけれど、辺野古へ向かうバスの中でも案内のチラシが配られた。「This is a オスプレイ」「This is a 海兵隊」という小一時間の映画2本が無料で観られる。

監督はあの「圧殺の海」を撮った藤本幸久氏と影山あさ子氏のお二人。参議院議員会館で上映会があるというので人形浄瑠璃を鑑賞した後に歩いて行ったっけかなぁ~~。「圧殺の海」はナレーションを付けずにただ映像で辺野古の海でカヌー隊と海上保安庁のゴムボートによるかなり暴力的な警戒活動とのぶつかり合いが描かれていて、フムフムというような感想だったけれど、今回観た2本はナレーションもついて、インタビューの内容も充実していて、かなり観やすいし訴える力があるように思う。

とにかく、こう云う機会に巡り合えると云うことはラッキーとしか言いようがない。2年前も帰る日の午前中に、沖縄県立博物館・美術館 企画ギャラリーで開かれていた「二人が撮らえた沖縄 終わらない戦後」という写真展の最終日に立ち会えたのだった。

~2年前のJLCの記事より~
2017_may09.jpg

展示されている写真は、もちろんチラシの写真とは比べ物にならないほど、何倍も何十倍もの迫力があります。
小学生の頭の上を飛ぶ戦闘ヘリの威圧感や恐怖を観る者に伝え、
今も壕の中に取り残されている人骨や遺品を収集している人たちの想いを力強く訴えてきます。
言葉で聴くだけではなく、こうやって沖縄出身の写真家の目で捉えた沖縄の歴史を感じることができたのは幸運でした。


今回も最終日の夜に、宿泊しているホテルから歩いてすぐの所にある沖縄県立博物館・美術館で、藤本幸久・影山あさ子監督の映画の無料上映会に出会えたのは本当に幸運だ。
2017_may10.jpg

「This is a オスプレイ」は、オスプレイがいかに危険な構造なのかを、学者やジャーナリストへのインタビュー映像で分り易く解説している。こんな理不尽な物体をなぜ日本全土で訓練させるのか。何故、沖縄に集中配備するのか。疑問が次から次へと挙げられる。

「This is a 海兵隊」は、服務命令により海兵隊員として沖縄にきて、沖縄からアフガン戦争に派遣された、もっと古くはベトナム戦争に派遣された兵士たちへのインタビューで構成されている。インタビューに答えていた3、4人の兵士に共通していたのは、「軍隊は平和のことなど教えない。人を殺せ殺せ殺せ、と教育されるところなのだ」という発言だ。戦地で何を経験したかは未だに話せない。家族にも言えない。・・・・戦争なんてそんなものなのだ。命令を下す奴らは前線で肉体的にも精神的にも辛い過酷な経験をした兵士らの苦痛などには思いを馳せることもないのだろう。

それぞれが1時間ほどの映画だけれど、知るべき情報はしっかり詰まっている。
全国でたくさんの上映会が開かれますように。
那須野が原の「映画サークル 十人十色」でもゆくゆくは自主上映会を開きたい。提案してみよう。





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不屈館  (4月21日 沖縄滞在五日目) :: 2017/05/17(Wed)

2年前に行けなかった「瀬長亀次郎と民衆資料~不屈館」を訪れた。
月曜日に訪ねた伊江島の「ヌチドゥタカラの家」を作った阿波根 昌鴻さんと住む場所や生い立ちは違っていたけれど、年齢も近く、アメリカの植民地支配のもとで琉球人の権利や生活を守るために民衆と一緒になって闘ったという共通点がある。

「不屈館」は若狭海浜公園の前にある数階建てのビルの1階、小さな入口の施設だ。
中に入って受付を済ませると瀬長さんのお嬢さんがTBSで2016年8月に放送された報道の魂「米軍が最も恐れた男~あなたはカメジローを知っていますか?」のDVDをまず見せてくれた。いつだったか情報を得てインターネットでも観たことのある秀逸な番組だ。これを観れば瀬長亀次郎さんがどれほど民衆に慕われていたか、最後までどれほど信念を貫いて闘った人かがよくわかる。

DVDを鑑賞してから、保存してある亀次郎さんの日記や恩師から届いた手紙や蔵書などを手に取って、もちろん全てを読むことなどできないけれど、じっくり目を通していった。片隅には亀次郎さんの書斎が再現されており、愛用していた机や筆記道具などがそのまま置いてある。新聞記事や写真、絵なども壁に展示されていて、それほど広くない館内を見るのに結構な時間がかかった。阿波根さんのことを知った伊江島でもそうだったけれど、亀次郎さんを知ることの出来るここ「不屈館」でも感嘆し感動し、とても励まされた気がする。

18氏は亀次郎さん著「民族の悲劇」「民族の怒り」の2冊、25は不屈バッジと絵はがきと、そして亀次郎人形を記念のお土産に。

亀次郎人形は、資料館を訪ねた名古屋の方が趣味で作ったものを不屈館にプレゼントしてくれて館内に飾っていたら人気になり、お土産用に小さな亀次郎さんを作ってくれているのだとか。今あるのは2種類だけと云うことだったので、呑み助の1825にぴったりの泡盛「不屈」の瓶を抱える亀次郎さんを選んだ。2017_may06.jpg


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米軍への宣誓拒否   1952年

「 一九五二年四月一日、琉球大学校庭で琉球政府創立式典。全員が脱帽して直立不動の姿勢をとっている。私は最後尾に着席していたのでみんなの後ろ姿がよく見えた。失礼な言い方だが緊張している様子がコッケイに思えた。
 第一区の議員から順次名前が呼ばれ、それぞれ立って会釈をしていたが「瀬長亀次郎サン」と呼ばれても返事もせずそのまま座り続けた。県民にこそ服務するという基本的な立場からであったが、ハーグ陸戦条約「占領地の人民は、これを強制して、その敵国にたいして忠誠の誓いをなさしむることを得ず」という国際条約があった。
 私のこの宣誓拒否は、いわゆる個人英雄主義的に独断でやったのではない。県民の意思を踏みにじり、全面的軍事占領下においたアメリカ帝国主義への抗議と抵抗の意思表明を人民党常任委員会の決定にしたがってやっただけのことである。」
2017_may07.jpg

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瀬長亀次郎 一九五八年4月5日付日記より

2017_may08.jpg「 加藤周一の抵抗の文学を読む。ナチス占領下におけるフランスの文化人がどんなに闘ったか。抵抗とは圧制者に対する憎悪からではないイカリ[怒り]である。イカリは祖国に対する愛情から自然に噴出するものだと強調、正に然りである。沖縄の抵抗も圧制者アメリカやそのカイライ[傀儡]どもに対する憎悪から生れたのではない。県民、国民に対する愛情から自然に生まれる圧制への底なきイカリのバクハツ[爆発]である。」


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        米軍が最も恐れた男~あなたはカメジローを知っていますか?

瀬長亀次郎_報道の魂SP 2016年8月21日 投稿者 gomizeromirai



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辺野古キャンプシュワブゲート前 そして 高江 (4月20日 沖縄滞在四日目)② :: 2017/05/16(Tue)

辺野古から高江へ向かう。
テントスタッフに地図を書いてもらって、まずはわんさか大浦パークに寄って、トイレを借りて通路に何気なく展示されている大浦湾の貝の標本を見て、それから大浦湾を臨む瀬嵩(せだけ)の浜に寄った。護岸工事の準備をしているのが遠くに見える。今日は工事するぞという「振り」だけ(と云うのは高江のテントで聞いたのだけれど。)の様で抗議のカヌー隊も出ていない。

そこから高江までの遠さよ~。所要時間は1時間ほどの筈なんだけれど、こんなに遠く感じるのは周囲の景色がのどかだからなのか。国道331号と県道7号を只々北へと走る。道が間違っていないかと二人で危ぶむほど遠く感じた。東村に入って「パイナップル生産日本一」という看板もちらほら見える。N1テントが近づいてきたんだ。

ヘリパッドを突貫工事で作り上げて無理やり(アメリカ軍にとって必要ではない)基地半分の返還式なるものを執り行った後、全国から集められた機動隊もいなくなり、抗議に集まった人たちの姿も消えたと聞いている。でも抗議テントはちゃんとあるのだ。2年前はテントとワゴン車があったゲートの前に、今はALSOCのガードマンたちが10人ほど暇そうに立っている。道路を挟んだ向かい側に抗議テントがあって、留守を守る若い女性が対応をしてくれた。彼女は辺野古のカヌー隊のメンバーで、今日は午前中辺野古でカヌー抗議をしていたけれど、鉄板を5枚程あっちからこっちへ運んだと思ったら、その鉄板をまた元の位置に戻すという「やっている振り」工事だったので、午後も同じだろうと今日のカヌー隊抗議は中止となったそうだ。20日に工事開始と見せておいて実はうるま市の選挙が終わるまでは振りをするだけなのだろうと抗議する市民は読んでいる。

高江で抗議する人の数は減ったけれど、それでも毎日県内外からテントを訪れて話をしていく人たちは絶えない。オスプレイパッドは杜撰な工事で赤土が流れだしたり、崩れそうになっていたりしているので、定期的に見まわってその様子を記録しているのだと云う。30分ほど話した後、林や畑の中を走ってN1裏テントも訪ねた。2年前にもここで対応してくれた男性がのんびりテントを守っている。「今ちょうど綺麗にカクチョウランが咲いてるよ」と言ってテントの裏に案内してくれた。立派な蘭が綺麗に咲いている。テントの前の草むらにも向こうの道端にも・・・。

珈琲をご馳走になって(2年前もご馳走になったっけ)、また来ますね、とテントを出た。辺野古でもそうだし高江でもそうだけれど、みんな明るくて和やかで優しくのんびりと温かい。居心地がいい。長い闘いをくじけずに続けて行くことの出来る力は何処から湧いて来るのだろう。

東村にあるコーヒーファームに寄ってコーヒー豆を2種類買って、2時間半ほどかけて那覇まで戻った。



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辺野古キャンプシュワブゲート前 そして 高江 (4月20日 沖縄滞在四日目)① :: 2017/05/14(Sun)

昨日に引き続き、辺野古へ向かう。
手登根(てとこん)さんの車に乗せてもらう予定だったが、細かい調整がつかず二人で出かけた。
着いたのが10時近くで第一回目の石材の運び入れが終わってしまっていた。
ゲート前でカメラを回している映画「標的の村」「標的の島」などの監督の三上智恵さんをスタッフに紹介していただいて、那須高原でも「標的の島 風(かじ)かたか」の上映を実現させたいとお話した。

今日は昨日に比べるとぐっと人数が減っている。100人に満たないとのこと。
最初の搬入の時は30人位しかいなかったという。
機動隊がアッという間に座り込んでいる人たちを排除してトラックを通すのだ。
トラックが通った後はまたリレートークや歌で和やかに座り込みを続ける。


今日は、大浦湾の生き物たちを観察し、このきれいな海を壊してはいけないと訴え続けている「ダイビングチームすなっくスナフキン」の西浦さん(西平さんかも知れない)のお話を聴いて大浦湾の多種多様な生き物たちの勉強ができた。とても貴重な講義だ。ラッキー!
《テイクのメモに残っているのは以下の通り》
今、埋め立てられようとしている辺野古の海の大浦湾には湾内サンゴ礁があり、2007年には北側の瀬で青サンゴ群が発見された。青サンゴ群集には新種だと認められている生き物もいる。(色々な生き物の話をしてくれた。)オオウラハネウミシダ、トカゲハゼ、ジンガサウニ、マジリモクの名前がメモに残っている。護岸工事が始まればその生き物たちは絶滅せざるを得ない。大浦湾はサンゴ礁やマングローブ、干潟、ジュゴンのえさ場となる海草藻場など海の生物にとって豊かな環境が整っているとのこと。
2017_may05.jpg

昨日、那覇からのバスで一緒だった「沖縄のおばちゃん」の一人が、西浦さん(西平さんかも知れない)の話が終わるや否や出てきて、「この人はすごい人なのにとってもシャイで、小さな水族館もあるんです、そんなこと一言も言わないけれど。是非、「大浦湾の生き物たち」と云う本を買って大浦湾の生き物のことを知って下さい。」と補足していた。テントの受付を覗いたら置いてあったので迷わず購入。説明もわかりやすくて目を楽しませてくれる写真集だ。

メモしてあった名前を辿って写真集で確認した。
(ゲート前ではきっとこう言うことを詳しく説明していたんだな。全てが聞きとれていた訳ではなかった。)
オオウラハネウミシダ = ウニやヒトデに近い仲間でこの種は国内では大浦湾でのみ確認されている。
トカゲハゼ = ドロドロの干潟に住むハゼ。大浦湾は世界で一番北の生息地。
ジンガサウニ = 潮の満ち引きによって陸になったり海になったりする潮間帯という厳しい環境で生きている
マジリモク=大浦湾のマジリモク(海藻の一種)は冬から春にしか見られない。7mにも育つマジリモク林ではイソギンチャク、ゴカイ、有孔虫が育つが、5月ごろに受精卵を放出したマジリモクはだんだん枯れ始め夏には何もなくなってしまう。


本当に穏やかに和やかに抗議は進む。
お昼近くになって、誰かが話している途中で俄かに緊張した空気に変わった。
「機動隊が来ます!みんな詰めてしっかりスクラムを組んでください。」の声。
左隣の女性がしっかり組もうねと声をかけてきた。うん、とテイク。右隣には18氏がいる。
右の方から順に「ごぼう抜き」が始まった。
怪我をしないように!歩いてもいいです!と道路の反対側で平和委員会の人が指示を出す。
歩くと二人の機動隊員が腕を取って何処かへ運んでいく。
歩かないと四人が乱暴に持ち上げて何処かへ・・・。
18氏の所までがごぼう抜きされて、テイクから左側のスクラム隊は残された。
今度はゲートの一番近くで後ろに倒れるようにして座っている人たちのごぼう抜きが始まった。
乱暴は止めろ!痛い!大きな声が響いている。
ああ、これがそうなのか・・・・・。
ず~~っと道路の向かい側で平和委員会の人がハンドマイクで、「機動隊の諸君、君たちの仕事はこんなことではない。辺野古の海を壊したくない想いで抗議をしている人々に手を出すのは止めなさい。」などと、落ち着いて静かに説いている声が、座り込んでいたテイクには何よりも心強く感じられた。

全員排除されてしまうと、ゲート前を塞いでいた機動隊車がテイクたちの前のギリギリの所に移動してきて、その間に機動隊員たちが並んで立つ。こっちも立ちあがり目と目を合わせた。みんな若い!本当に若い。沖縄県警の機動隊員たち。
ゲートからは地元の土建会社のトラックが次から次へと出てくる。朝、石を運び込んだトラックだ。みんな大きな声で抗議をしている。でも、テイクは悔しくて涙しか出ない。成す術もなく発する言葉もなく若者に向かって「いくつなの?」「ここで何やっているんだろうね、私たち」と呟くような声が出た。もちろん応えはない。みんな横を向いたり下を向いたりする。また目が合う。すぐ前のあの青年の目が潤んでいた。確かに。地元の青年だもの、大人たちが毎日ここでどんな想いで抗議をしているかを解っている隊員も居るに違いない。そう信じたい。
昨日のチョイさんの話だと何千ものトラックがこのゲートを入って行く筈だ。少なくとも毎日200人が集まればかなり遅らせることができ、その間に様々な手を打って新基地建設を諦めさせたい・・・何とか。



お昼ご飯は出がけにコンビニで買ってきたお弁当。午後は高江に行くので乗り合いの車に少し離れた駐車場まで送ってもらう。運転手はなんと数年前まで那須野が原にあるアジア学院の学生だったというNさん。アースデイのことや何やら話せてうれしかった。


~明日に続く~


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辺野古 キャンプシュワブゲート前 (4月19日 沖縄滞在三日目) :: 2017/05/13(Sat)

毎週水曜日の朝6時に沖縄県庁前から沖縄平和連絡会のチャーターバスが出ていることを「やんばる東村 高江の現状」というサイトで知って、前もって乗車の予約をしておいた。レンタカーがあるので自分たちでも行けるけれど、情報交換ができるかと思ってこの日はバスに乗せてもらったのだ。
参加費は一人1000円。朝6時、沖縄県庁前を出発!
30名ほど乗れそうなマイクロバスに1825を含めて24名が乗って出かけた。
那覇市やその近郊に住んでいる人がほとんどで、県外から来た人が6~7名と云ったところだ。

まず今日の責任者の長嶺さんから注意事項が伝えられる。
・水曜日は県内のあちこちから島ぐるみバスで参加者がたくさん集まるので機動隊は出てこないだろう。
・とにかく逮捕されることのないように、挑発には絶対にのらないこと。
・沖縄県警が出ない代わりにMPが出て来ることが多くなっているので、充分に注意をするように。
(MP(Military police)とはアメリカ軍憲兵のことらしい。怖い。)

「逮捕されないように」という言葉が出て来て、これが現実なんだと改めて思う。
一度逮捕されたという女性が、些細なことでもあちらは逮捕しようとするのでとにかく挑発に乗らない、もちろん挑発もしないこと!と念を押す。

辺野古まで1時間ちょっと。
注意事項伝達のあとは、先日、大阪で沖縄の現状を知らせる活動をしているグループに呼んでもらって、大阪に行って大いに訴えてきました~という自称「おばちゃん」3人組が、大阪でやって来たことを報告。大阪のおばちゃんと同じくらい沖縄のおばちゃんたちも楽しくて愉快だ。
そうなのだけれども現実は厳しい。どこかの駅前でビラまきをしたけれどほとんどが受け取ってくれなかった。沖縄のことに関心がないのだ。悔しい。そこで、いつもゲート前で歌っている自分たちで作った替え歌を歌ってみたらば、足を止める人が増え、ビラも受け取ってもらえた・・・・。やっぱり歌の力はすごいんです!

大阪のグループは毎日駅前でビラを配ったりスピーチをしたりしているそうだ。沖縄の現状を聞く会を開いてくれて、350人もの人たちが集まってくれた。私も私もと壇上で話す人が多くて、歌いたかった歌が1曲しか歌えなかったのが心残りなので、今日はここで全3曲歌いますと、座席に座ったまま振りをつけて(いたみたい)歌い始めた。歌も話も面白くってバスの中には笑い声と手拍子がわき上がった。この気取らない明るさが好きだ。

7時半ごろ辺野古のテントに着き、荷物をテントに置いてゲート前に向かった。すでに100人を超える人たちが座っている。歌ったりリレートークをしているとあちらこちらの地域から島ぐるみバスで乗り付けた人たちが続々とやって来た。今日は350人ほど集まっています!との報告。これだけの人が居るとあちら側も手を出せないので今日は機動隊の出動は無いでしょう。その通り、途中テントに戻って昼食を取ったり休憩して、午後からもまたゲート前に座り込んだが、機動隊は来なかった。警備会社・ALSOK(アルソック)の警備員たちがメインゲートで軍関係の車が出入りする時に交通整理をしているだけだ。

座り込みの350人の中から話したい、情報を伝えたいと次から次へと手が挙がってすごいなぁと思う。何処何処から来たとか、こんな活動をしているとか、色んな人が来ていることがよくわかった。次から次へと語られる経験談や活動報告があり、ゲート前の座り込みに参加しているととても勉強になる。

13年前の今日、4月19日、300mの滑走路を造るためのボーリング調査が開始され、ゲート前の座り込みもこの日から始まった。その頃は、民事不介入と云う理由で機動隊も海上保安隊も手を出さなかった。調査のために組まれた櫓が4か所に設置されたが、そこに登って抗議を続けて1年半。あちらも手を出さずにパイプの交換に来ただけだ。
「ヘリポートを造る」が「代替基地にする」となり、小泉首相と当時の稲嶺県知事との間で交わされた条件「軍民共用」が反故にされ、新基地建設へと変わった。
無許可の工事、法律違反の行為、ごまかし、嘘、欺瞞・・・


この日は、チョイさんこと北上田毅船長も、護岸工事の現状について話した。

政府は「4月20日着工」と言っているが、まだボーリング調査も終わっていないから到底できる段階ではない。23日のうるま市長選の結果を見てから始めるつもりなのだろう。310mのK9護岸の工事には3m20tのテトラポット200個以上が必要で、手作業で造っている。5200台の10トントラックと3800台の資材トラックが基地内に入る筈だが、未だ200台しか通していない。
国は許可申請をせずに第2ゲートから大浦湾の海沿いに仮設道路(進入道路)を造ろうとしている。この工事は埋め立て願書に記載されていないものなので、設計概要変更申請が当然必要なのだが、道路造成工事ではないとごまかしている。


コンクリートミキサーを1時間半停めるとコンクリートが使えなくなるのだそうだ。少なくとも毎日200人集まれば作業を遅らせることができるし、工事を中断させることも可能かもしれない。こう言った細かいことは全く知らなかった。座り込んで情報も得ることができて・・・身になる抗議行動だ。

一日の抗議行動の終わりに、3時の抗議行進をして朝のバスで那覇に帰った。那覇市に入ってしばらくすると、山城博治さんが釈放された後も拘留され続けている添田充啓さんを励ます集会に参加するために、拘置所付近でほとんどの人がバスを降りた。車を県庁付近に置いてきたので、残念だけど1825は諦めて帰るしかないな。

「チョイさんの沖縄日記」では辺野古の海での抗議活動が日々報告されている。
テイクたちが行った4月19日に近い「4月17日月曜日の辺野古」
「5月1日月曜日の辺野古」 
「5月12日金曜日の辺野古」
こうして写真と一緒に報告を読むと胸が詰まる。





icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。

「九条俳句」市民応援団ができました。



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