Joy Luck Club

日記帖・雑記帖・ぼやきノート・備忘録・・・




三上智恵監督のインタビューに同行 :: 2017/10/23(Mon)

時系列が前後するが、10月11日に映画「標的の島 風(かじ)かたか」の監督・三上智恵さんが宇都宮に立ち寄った。山形国際ドキュメンタリー映画祭の帰りに下野新聞のインタビューを受ける為だ。十人十色が支援している「標的の島」のフォーラムでの上映を新聞で取り上げてもらおうとお願いした。
道案内として十人十色から二人が出かけ、インタビューの場に立ち会った。行きたい人~?と声をかけられ「はい!」と手を上げたテイクはそのうちの一人となった。ラッキー。

下野新聞の記者の「どんなきっかけでこの映画を作ることになったのですか?」という質問の後は三上監督が次から次へ話を進め、記者だけじゃなく同行したテイクたちまで沖縄の基地問題の掘り下げた部分まで説明を受け1時間弱のインタビューが終わる頃にはすっかり感銘を受け、気分が高揚していた。質の良いレクチャーを受けたのと変わらない。これまた幸運だった。

記者が丁寧な記事に仕上げてくれたことに感謝。上映が始まった3日目の新聞に掲載されたので初日の土曜日と翌日の日曜日の一番観客動員ができそうな週末に間に合わなかったのは残念だったけれど、取り上げてもらえたことを有難く思う。
今日、同行の記録を「映画サークル 十人十色」にアップした。


20170ctober_06.jpg


本を持って行って
ちゃっかりサインもしていただいたのだ。

テヘッ



>>続きを読む

  1. 沖縄
  2. | trackback:0
  3. | comment:0

「沖縄 見る・聞く・踊る・考える」 :: 2017/10/02(Mon)

(こま切れの時間を使って3日かかって書き上げた遅ればせながらの記事。)

8月に準備を始めたイベント「沖縄 見る・聞く・踊る・考える」が9月30日に開かれた。

会場は那須塩原市にある公民館の多目的室で、椅子を70脚並べた。プログラムも70部。このイベント用に前の日に「十人十色」の仲間7人がその公民館の調理室でサーターアンダギーを4時間半かけて70個作った。50人来てくれれば御の字かな、という予想を立てていたけれど、有難いことに66人の参加がありほぼ満席。メンバーの友人がチラシを見て「内容がいいから行くわ」と参加してくれたそうだ。

「1フィートで綴る沖縄戦」を20分に編集した映像を観て、三線3本による沖縄民謡の演奏と歌の後、今年の沖縄全戦没者追悼式で宮古高校の上原愛音さんが朗読した詩「誓い~私達のおばあに寄せて」を追悼式の画像が映し出されるスクリーンの前でメンバーの一人が朗読した。


この企画の最初のミーティングで、「幕開けはエイサー隊に来てもらって演奏してもらったらいいね、打診してみよう・・・」などと盛り上がっていたら沖縄出身のメンバーが「何かモヤモヤする、沖縄のことを考えてくれるのはとても嬉しいのに何故か違和感を持つことがある。エイサーはお盆の時期に亡くなった人を送迎する伝統芸能だし、どうして会の始めに必要なのかわからない。」と言う。あ、そうか、と全員が黙る。でも今ではエイサー祭りという催しが日本中で開かれているんだからいいんじゃないかな?と思いながら聞いていたら、「辺野古に行った高江に行ったと言われると何だか胸の中がざわめくんだ。」と正直な彼女の気もちを訴えた。しばらく考えてからテイクは黙っていられずに「私は沖縄県民が基地はもう要らない、辺野古新基地建設を許さないという意思を表した選挙結果を無視した日本政府の、非民主主義的で差別的なやり方を許すことができないし黙って知らん顔をすることもできないから、現場の空気に触れたい気もちもあって辺野古や高江に行った。抗議をしている沖縄の人たちに接して沖縄が大好きになった。怒りが込み上げて来るのよ。沖縄の問題だけじゃなく、ここに居る私達にも関わる問題なのだと思う。」と言ったものの、愛知で生まれ育った自分が、18歳の時に沖縄を離れてから今日までの色々な場面で差別を受けたという彼女を少しでも不快にさせたのだとしたらどうしたらいいのだろうと戸惑う。
そんな二人の気持ちを「沖縄への私の想い」でそれぞれが参加者の前で話した。

その後は、「標的の島 風(かじ)かたか」の予告編を流して紹介し、島唄や島人ぬ宝(しまんちゅぬたから)、涙そうそう、今こそ立ち上がろう(沖縄)をギターと三線の伴奏で歌い、最後はカチャーシー大会。三線奏者の比嘉さんが手ほどきをしてくれて全員が立ち上がって賑やかに踊った。大盛り上がりで会は大成功のうちに終わったのだ。いい会だったと言い残して帰っていく参加者も多く、企画した十人十色の仲間たちはみんな心の中でバンザイを叫んだ筈。良かったね。嬉しいね。


20170ctober_01.jpg
7列のうちの前2列目くらいまでが写っている。
会場が一つになって笑顔で陽気なひとときを過ごした。
撮影:H.Kosuge






一方的な解散総選挙を「安倍不信任選挙」に!
私たちはアベもコイケも信用しない!
幸いなことに、私たちには彼らを選ばない一票を投じる権利がある!


icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。

「九条俳句」市民応援団ができました。



  1. 沖縄
  2. | trackback:0
  3. | comment:0

「沖縄と核」 :: 2017/09/11(Mon)

過去の記録を見せつけられたり、読んだりする度に、人間とはどうしてこんなに馬鹿なことを繰り返しているのかと脱力感に襲われる。馬鹿なんだからもうどうしようもないんだと。それじゃいけないんだけれど、歴史の真実を観たり読んだりした直後はいつも深く沈んでしまう。
この番組もそうだった。知らなきゃいけない事実を今頃知るという苛立たしさ。人権を無視して戦争を優先させる権力者に対する腹立たしさ。ここでも沖縄は米国と日本の盾にされていた。


NHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」



NHKスペシャルはいい番組を作っているなと思う。けれど、欲を言えば実はこうだったと過去を見せるだけではなく、権力者たちが現在何をしようとしているのかをえぐり出し視聴者の目の前に晒して欲しい。




icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。

「九条俳句」市民応援団ができました。


  1. 沖縄
  2. | trackback:0
  3. | comment:0

浦和に行った :: 2017/09/04(Mon)

「沖縄の闘いを支援する講演と映画のつどい」に参加したくて、浦和まで出かけた。初めて降り立った浦和駅から歩いて10分足らずの埼玉会館が会場だ。

三上智恵監督の「標的の島 風(かじ)かたか」のフォーラム那須塩原での上演を「映画サークル 十人十色」で応援することが決まっている。沖縄から遠い栃木県のさらに遠い県北では沖縄の現状を知っている人も少ないのではないか・・・ということでプレイベントを準備中だ。テイクにとって沖縄は、不公平、非民主主義、差別の矢面に立たされている所、非暴力に徹し「しなやかでしたたかに」闘いを続けている人々の島と云う存在だ。沖縄戦からずっと続く日本政府と米軍の理不尽な支配を黙って見過ごす訳に行かないという気持ちがテイクの中では強い。沖縄だけでなく、原発事故や再稼働を進める姿勢に対しても同じだし、年金問題、非正規雇用の増大、大手資本への減税、庶民には増税などなどなどなど国民に目を向けない政治を許しておけないという気持ちに繋がっている。

昨日は「沖縄からの報告」として一級土木施工管理技士の奥間正則さんと沖縄平和運動センター議長の山城博治さんの話を聞くことができた。お二人の話を聞くために出かけたようなものだ。
奥間さんは高江のヘリパッド建設に関して監視・調査・記録を続けていて、貴重な資料の蓄積がある。短い時間しかなかったのでかいつまんだ話しか聞けなかったのがとても残念だ。

◆北部訓練場には ヘリパッドが15個もあるのにそれを使わないで、ヤンバルでしか見られない貴重な生きものたちが棲む森を切り開いてまで高江地区を取り囲むようにしてオスプレイパッドを作った。
◆ 米軍にとって不要な北部訓練場の一部を日本に返す返還式に間に合わせる為に突貫工事で仕上げたヘリパッドは、完成直後から法面(のりめん)が崩れて盛り土をやり直したり、排水が悪いために土がたくさん水を含み「ずぶずぶ」状態で、斜面から何本も出ている排水管からは晴れた日でも水が流れ出している状態だ。
◆ そんなヘリパッド=オスプレイパッドを使ってオスプレイの離着陸訓練が日々行われている。重量が270tもあるオスプレイが垂直に跳び上がる時に300℃の高熱が噴射され、張ってある芝生もすぐに枯れてしまい、ヘリパッド上は茶色く変色してしまっている。
◆ ・・・・・・・・・・その他諸々
プロジェクターで奥間さんの記録を画像で見せながらの説明で具体的によくわかる。最後に見せてくれたのは、仲間が撮影したというオスプレイが飛び立つ時の映像だ。近くの樹が右へ左へ大きく揺れている。葉っぱも飛び散る。音も大きい。映像では伝わってこないけれど、これに加えて空気振動がひどく、子どもたちの健康が損なわれみんな高江から出て行ってしまった。本土には伝えられないまま、こんなにひどいことが進められているのだ。

山城博治さんは昨年不当逮捕され5カ月以上拘束された。釈放されはしたものの、関係者には会うなと言われ、最初の2週間ほどは幽閉状態だったという。抗議して会ってはいけない人物が5人だか10人にだかに限定されたが、一番に跳んで行きたい辺野古や高江のテントには行けない。それならば沖縄の現実を伝えようとこうして全国を回っているのだと話す。言わば「当局公認の全国行脚だ」と笑わせてくれた。末期だった喉頭がんを克服してとても元気で明るくて楽しい。そして歌が何曲も出て来る。会場中が一緒に歌い大いに沸いた。

映画が終わって(この映画のことはまたの機会に書こう)、最後はカーミーズが再登壇して、山城さんも奥間さんも主催者のスタッフも客席の参加者もみんなでカチャーシーを踊った。沖縄から浦和まで来てくれたみなさんの、一人でも多くの人に今日聞いた話を広げていって欲しいという想いをしっかり受け取った。


2017september_04.jpg
辺野古に新基地を建設するために海の埋め立てをする。埋め立ての為の土砂は2割が沖縄の採石場から、8割は県外から運ばれてくる。鹿児島県の種子島地区、奄美大島地区、佐多岬地区、熊本県の天草地区、長崎県の五島地区、福岡県の門司地区、そして山口県の黒髪島や小豆島の瀬戸内地区の7か所から現在は運び込まれている。それぞれの地元では「辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会」が作られ辺野古への土砂の運搬をやめるよう自治体に申し入れたり抗議をしたりしている。運輸産業労働組合や港湾労働組合も基地を造るための土砂は運ばないという決議をした。

こう言った各地での一つ一つの運動がキャンプシュワブのゲート前で毎日抗議を続けている沖縄の人たちの大きな支えになっていて心から感謝していると山城さん。他にも東京大阪千葉福岡愛知などから機動隊を送り込んでいるが、これは不当な警備活動の為に都府県民の税金を使って他県で仕事をさせているとして各都府県に監査請求をしている団体がある。東京都は門前払いだったので東京地裁に訴えたところ、裁判所が都に対してきちんと監査をするようにと通達を出したという。これも小さいながらも一つの前進だと山城さんは頭上に掲げた右手を大きく回して「イェ~イッ」と叫んだ。

諦めないで一つずつ乗り越えていくことの大切さ、広く連帯する手をつなぐことの大切さ、地道に監視を続けて記録を残すことの重要性を改めて教えてもらった。奥間さん、山城さん、ありがとう。



icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。

「九条俳句」市民応援団ができました。

埼玉会館の前で「九条俳句」市民応援団のメンバーがチラシを配っていた。9月6日の市民の集いと10月13日のさいたま地裁での判決言い渡しの知らせだ。那須に住んでいるけれど応援団に入ってます、会報も受け取っていますと言ったらとても喜んでくれた。テイクも思いがけなく「九条俳句」市民応援団の方々に会えて嬉しかった。10月13日には是非勝利判決を手にしたいものだ。


  1. 沖縄
  2. | trackback:0
  3. | comment:4

沖縄漬け? :: 2017/08/24(Thu)

この数日間かけて、九条の会への沖縄旅行記その②の原稿を書き終え、テイク担当の「沖縄 見る・聞く・踊る・考える」(仮題)用チラシ(案)を作って、明日のミーティングに配布する為に十人十色のメンバー8人分を印刷した。

残るは十人十色のホームページを10月に上映する「標的の島~風(かじ)かたか」に差し替える作業。だいたいは出来上がっているから見直して手直しして更新することになる。明日の午前中に終わらせたい。10月の上映が終わるまでは沖縄漬けだな。

それにしてもなんと蒸し暑いことよ。湿度75%!





icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。

「九条俳句」市民応援団ができました。


  1. 沖縄
  2. | trackback:0
  3. | comment:2

すなっくスナフキン :: 2017/08/17(Thu)

「那須野が原九条の会」が3ヶ月に一度発行している会報に、4月に行った沖縄での体験を書いた。その続きを提出する期限がどんどん迫ってきている。重い腰を上げなくてはならないのだけれど、中々うまくまとめられない。書きたいことが多すぎる。前回は伊江島とひめゆり平和祈念資料館のことを書いたので、今回、辺野古での座り込みと高江のテント訪問、そして最終日の不屈館のことを書いて「完」としたいところだけれど字数が大幅に増えて不屈館のことまで書けないかも知れない。



行く先々でメモしたもの見返して記憶を辿りながら追体験をするのは楽しい。正確に書こうと思えば現場で書きとどめたものを読み返し、あやふやなことはあれこれ時間をかけて調べなければならない。今回のレポートでは、キャンプシュワブゲート前で大浦湾の多種多様な生き物のことを解説してくれた西平さんのことが特に印象的だったので書いた。テイクのメモには「西浦」と書いてあるけれど、あの座り込みのざわざわした中で聞き取ったので確実かどうか自信がない。そこで、そのレクチャーに感動して購入した「大浦湾の生きものたち ~琉球弧・生物多様性の重要地点、沖縄県大浦湾」の編者のである「ダイビングチーム すなっくスナフキン」のホームページへ行って、そこを起点にあっちに跳んでこっちに跳んでして代表者が西平さんだということがわかった。西浦さんではなく西平さんだったのだ。写真もあったので間違いはない。5月14日のブログでは(西平さんかも知れない)と書いてあってそこにはこんなことも書いたのだ。

『昨日、那覇からのバスで一緒だった「沖縄のおばちゃん」の一人が、西浦さん(西平さんかも知れない)の話が終わるや否や出てきて、「この人はすごい人なのにとってもシャイで、小さな水族館もあるんです、そんなこと一言も言わないけれど。是非、「大浦湾の生き物たち」と云う本を買って大浦湾の生き物のことを知って下さい。」と補足していた。』
2017august_04.jpg
多種多様な生きものたちの綺麗な写真満載で、パッと開いてどのページを見ても気持ちが和らぐ。のんびり海を浮遊してる気分で楽しい。こんなにたくさんの生きものがいる美しい海を埋め立てるなんて絶対にさせちゃならないと思う。


「ダイビングチームすなっくスナフキン」のHPに行くと大浦湾の生きものたちに会える。画像と映像のギャラリーが楽しめる。時間を忘れて観てしまうのでご注意を。昨年12月に墜落したオスプレイの残骸をダイビングチームが回収している映像もある。



たくさんあるゆったり映像の中から一つご紹介




さて、原稿書きに戻らねば・・・。





icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。

「九条俳句」市民応援団ができました。



  1. 沖縄
  2. | trackback:0
  3. | comment:0

沖縄旅行を振り返って :: 2017/05/26(Fri)

あっという間に沖縄から帰って1ヶ月以上が過ぎた。
コミュニティー紙には辺野古のことを短くまとめて、
「那須野が原九条の会」には初日の伊江島から最終日の不屈館まで
2回に分けて書いたものを掲載してもらった。、
こう云った作業をするといろいろ思い出すことができていい。
そこに書かなかったことを少し書いて、今回の沖縄旅行記を終えよう。

■日々欠かさないラジオ体操と雨降り以外の散歩。
最初の朝、今回もいつもの旅先でと同じに、5時起きて身支度をして散歩に出て、ラジオ体操をやる場所を探す。近くに公園があるのであそこまで行ってラジオ体操をしよう。気温はもちろん那須より高いけれど、朝の空気は爽やかだ。物珍しいからあちこち歩き回って公園に近づくと人がいっぱいいる。恐らく50人以上。みんな太極拳らしきゆったりした動きをしている。面白そう、入れてもらおうと小走りに公園に向かった。太極拳じゃなかったけれど、翌朝もその次も、雨が降っていない朝、辺野古行きの朝以外はこの公園に通った。6時半からのラジオ体操とその後の太極拳みたいなのと、もう一つ何だかわからないけれどストレッチもして30分。広~い公園に多くの人が散らばっている。大半が年配者で、その中を通勤通学の若い人たちが通ったり、ジョギングやウォーキングの人も通り抜けて行くのんびりした体操会だった。誰かがカセットプレーヤーを持ってきているのだろう。終われば三三五五に帰って行く。「いいもの見~っけ」だったなぁ。

■元学生ラガーマンとレストランで出会う。
旅先では毎日、晩ごはんをどこで食べるのかが1825にとっての課題だ。昨日は日本酒だったから今日はワインが飲みたいと云う具合で店を探す。最後の夜に行ったのは、フランス料理を食べさせるカジュアルレストラン。お勧めコースを食べながらワインを飲んで、もうチョイ飲みたいから今度はグラスワインでチーズの盛り合わせ・・・。すぐそこのカウンターに座った男性がすごくいい体格で連れの男性とラグビーの話をしていてニュージーランドがどうのこうのというのが聞こえてきた。すぐそこだから、オールブラックスにいたんですかなどと図々しく声をかける。いやいやとんでもない、学生の時にラグビーをやっていて・・・・。そこからラグビー談議に花が咲き思いがけず楽しい時間となった。沖縄に来てラグビーの話で盛り上がれるとは。ウキウキ気分でホテルに戻った。

■沖縄ラーメン三昧。
滞在中、辺野古でお弁当を食べた以外は毎日お昼ご飯は沖縄そばだった。前回、初めて食べてクセになってしまったから、今回も飽きずに食べた。飛行機に乗る前にも空港で最後の沖縄そば。特に何処が美味しいのか調べて行かなかったけれど、どこのも美味しかった。とある店の壁には「オスプレイはいらない タケコプターが欲しい」「ぼくらにはウルトラマンがついている」とか書いた紙が貼ってあってにんまりしてしまう。あ~沖縄ラーメンが恋しい。




icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。

「九条俳句」市民応援団ができました。



  1. 沖縄
  2. | trackback:0
  3. | comment:2

無料上映会  (4月21日の夜 沖縄滞在五日目) :: 2017/05/19(Fri)

幸運なことに、最終日の夜にホテルの近くにある「沖縄県立博物館・美術館」の2F小ホールでの無料上映会に参加できた。FACEBOOKで繋がっているライターの渡瀬夏彦さんからの情報を得て知っていたけれど、辺野古へ向かうバスの中でも案内のチラシが配られた。「This is a オスプレイ」「This is a 海兵隊」という小一時間の映画2本が無料で観られる。

監督はあの「圧殺の海」を撮った藤本幸久氏と影山あさ子氏のお二人。参議院議員会館で上映会があるというので人形浄瑠璃を鑑賞した後に歩いて行ったっけかなぁ~~。「圧殺の海」はナレーションを付けずにただ映像で辺野古の海でカヌー隊と海上保安庁のゴムボートによるかなり暴力的な警戒活動とのぶつかり合いが描かれていて、フムフムというような感想だったけれど、今回観た2本はナレーションもついて、インタビューの内容も充実していて、かなり観やすいし訴える力があるように思う。

とにかく、こう云う機会に巡り合えると云うことはラッキーとしか言いようがない。2年前も帰る日の午前中に、沖縄県立博物館・美術館 企画ギャラリーで開かれていた「二人が撮らえた沖縄 終わらない戦後」という写真展の最終日に立ち会えたのだった。

~2年前のJLCの記事より~
2017_may09.jpg

展示されている写真は、もちろんチラシの写真とは比べ物にならないほど、何倍も何十倍もの迫力があります。
小学生の頭の上を飛ぶ戦闘ヘリの威圧感や恐怖を観る者に伝え、
今も壕の中に取り残されている人骨や遺品を収集している人たちの想いを力強く訴えてきます。
言葉で聴くだけではなく、こうやって沖縄出身の写真家の目で捉えた沖縄の歴史を感じることができたのは幸運でした。


今回も最終日の夜に、宿泊しているホテルから歩いてすぐの所にある沖縄県立博物館・美術館で、藤本幸久・影山あさ子監督の映画の無料上映会に出会えたのは本当に幸運だ。
2017_may10.jpg

「This is a オスプレイ」は、オスプレイがいかに危険な構造なのかを、学者やジャーナリストへのインタビュー映像で分り易く解説している。こんな理不尽な物体をなぜ日本全土で訓練させるのか。何故、沖縄に集中配備するのか。疑問が次から次へと挙げられる。

「This is a 海兵隊」は、服務命令により海兵隊員として沖縄にきて、沖縄からアフガン戦争に派遣された、もっと古くはベトナム戦争に派遣された兵士たちへのインタビューで構成されている。インタビューに答えていた3、4人の兵士に共通していたのは、「軍隊は平和のことなど教えない。人を殺せ殺せ殺せ、と教育されるところなのだ」という発言だ。戦地で何を経験したかは未だに話せない。家族にも言えない。・・・・戦争なんてそんなものなのだ。命令を下す奴らは前線で肉体的にも精神的にも辛い過酷な経験をした兵士らの苦痛などには思いを馳せることもないのだろう。

それぞれが1時間ほどの映画だけれど、知るべき情報はしっかり詰まっている。
全国でたくさんの上映会が開かれますように。
那須野が原の「映画サークル 十人十色」でもゆくゆくは自主上映会を開きたい。提案してみよう。





icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。

「九条俳句」市民応援団ができました。



  1. 沖縄
  2. | trackback:0
  3. | comment:2

不屈館  (4月21日 沖縄滞在五日目) :: 2017/05/17(Wed)

2年前に行けなかった「瀬長亀次郎と民衆資料~不屈館」を訪れた。
月曜日に訪ねた伊江島の「ヌチドゥタカラの家」を作った阿波根 昌鴻さんと住む場所や生い立ちは違っていたけれど、年齢も近く、アメリカの植民地支配のもとで琉球人の権利や生活を守るために民衆と一緒になって闘ったという共通点がある。

「不屈館」は若狭海浜公園の前にある数階建てのビルの1階、小さな入口の施設だ。
中に入って受付を済ませると瀬長さんのお嬢さんがTBSで2016年8月に放送された報道の魂「米軍が最も恐れた男~あなたはカメジローを知っていますか?」のDVDをまず見せてくれた。いつだったか情報を得てインターネットでも観たことのある秀逸な番組だ。これを観れば瀬長亀次郎さんがどれほど民衆に慕われていたか、最後までどれほど信念を貫いて闘った人かがよくわかる。

DVDを鑑賞してから、保存してある亀次郎さんの日記や恩師から届いた手紙や蔵書などを手に取って、もちろん全てを読むことなどできないけれど、じっくり目を通していった。片隅には亀次郎さんの書斎が再現されており、愛用していた机や筆記道具などがそのまま置いてある。新聞記事や写真、絵なども壁に展示されていて、それほど広くない館内を見るのに結構な時間がかかった。阿波根さんのことを知った伊江島でもそうだったけれど、亀次郎さんを知ることの出来るここ「不屈館」でも感嘆し感動し、とても励まされた気がする。

18氏は亀次郎さん著「民族の悲劇」「民族の怒り」の2冊、25は不屈バッジと絵はがきと、そして亀次郎人形を記念のお土産に。

亀次郎人形は、資料館を訪ねた名古屋の方が趣味で作ったものを不屈館にプレゼントしてくれて館内に飾っていたら人気になり、お土産用に小さな亀次郎さんを作ってくれているのだとか。今あるのは2種類だけと云うことだったので、呑み助の1825にぴったりの泡盛「不屈」の瓶を抱える亀次郎さんを選んだ。2017_may06.jpg


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

米軍への宣誓拒否   1952年

「 一九五二年四月一日、琉球大学校庭で琉球政府創立式典。全員が脱帽して直立不動の姿勢をとっている。私は最後尾に着席していたのでみんなの後ろ姿がよく見えた。失礼な言い方だが緊張している様子がコッケイに思えた。
 第一区の議員から順次名前が呼ばれ、それぞれ立って会釈をしていたが「瀬長亀次郎サン」と呼ばれても返事もせずそのまま座り続けた。県民にこそ服務するという基本的な立場からであったが、ハーグ陸戦条約「占領地の人民は、これを強制して、その敵国にたいして忠誠の誓いをなさしむることを得ず」という国際条約があった。
 私のこの宣誓拒否は、いわゆる個人英雄主義的に独断でやったのではない。県民の意思を踏みにじり、全面的軍事占領下においたアメリカ帝国主義への抗議と抵抗の意思表明を人民党常任委員会の決定にしたがってやっただけのことである。」
2017_may07.jpg

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

瀬長亀次郎 一九五八年4月5日付日記より

2017_may08.jpg「 加藤周一の抵抗の文学を読む。ナチス占領下におけるフランスの文化人がどんなに闘ったか。抵抗とは圧制者に対する憎悪からではないイカリ[怒り]である。イカリは祖国に対する愛情から自然に噴出するものだと強調、正に然りである。沖縄の抵抗も圧制者アメリカやそのカイライ[傀儡]どもに対する憎悪から生れたのではない。県民、国民に対する愛情から自然に生まれる圧制への底なきイカリのバクハツ[爆発]である。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

        米軍が最も恐れた男~あなたはカメジローを知っていますか?

瀬長亀次郎_報道の魂SP 2016年8月21日 投稿者 gomizeromirai



icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。

「九条俳句」市民応援団ができました。






  1. 沖縄
  2. | trackback:0
  3. | comment:2

辺野古キャンプシュワブゲート前 そして 高江 (4月20日 沖縄滞在四日目)② :: 2017/05/16(Tue)

辺野古から高江へ向かう。
テントスタッフに地図を書いてもらって、まずはわんさか大浦パークに寄って、トイレを借りて通路に何気なく展示されている大浦湾の貝の標本を見て、それから大浦湾を臨む瀬嵩(せだけ)の浜に寄った。護岸工事の準備をしているのが遠くに見える。今日は工事するぞという「振り」だけ(と云うのは高江のテントで聞いたのだけれど。)の様で抗議のカヌー隊も出ていない。

そこから高江までの遠さよ~。所要時間は1時間ほどの筈なんだけれど、こんなに遠く感じるのは周囲の景色がのどかだからなのか。国道331号と県道7号を只々北へと走る。道が間違っていないかと二人で危ぶむほど遠く感じた。東村に入って「パイナップル生産日本一」という看板もちらほら見える。N1テントが近づいてきたんだ。

ヘリパッドを突貫工事で作り上げて無理やり(アメリカ軍にとって必要ではない)基地半分の返還式なるものを執り行った後、全国から集められた機動隊もいなくなり、抗議に集まった人たちの姿も消えたと聞いている。でも抗議テントはちゃんとあるのだ。2年前はテントとワゴン車があったゲートの前に、今はALSOCのガードマンたちが10人ほど暇そうに立っている。道路を挟んだ向かい側に抗議テントがあって、留守を守る若い女性が対応をしてくれた。彼女は辺野古のカヌー隊のメンバーで、今日は午前中辺野古でカヌー抗議をしていたけれど、鉄板を5枚程あっちからこっちへ運んだと思ったら、その鉄板をまた元の位置に戻すという「やっている振り」工事だったので、午後も同じだろうと今日のカヌー隊抗議は中止となったそうだ。20日に工事開始と見せておいて実はうるま市の選挙が終わるまでは振りをするだけなのだろうと抗議する市民は読んでいる。

高江で抗議する人の数は減ったけれど、それでも毎日県内外からテントを訪れて話をしていく人たちは絶えない。オスプレイパッドは杜撰な工事で赤土が流れだしたり、崩れそうになっていたりしているので、定期的に見まわってその様子を記録しているのだと云う。30分ほど話した後、林や畑の中を走ってN1裏テントも訪ねた。2年前にもここで対応してくれた男性がのんびりテントを守っている。「今ちょうど綺麗にカクチョウランが咲いてるよ」と言ってテントの裏に案内してくれた。立派な蘭が綺麗に咲いている。テントの前の草むらにも向こうの道端にも・・・。

珈琲をご馳走になって(2年前もご馳走になったっけ)、また来ますね、とテントを出た。辺野古でもそうだし高江でもそうだけれど、みんな明るくて和やかで優しくのんびりと温かい。居心地がいい。長い闘いをくじけずに続けて行くことの出来る力は何処から湧いて来るのだろう。

東村にあるコーヒーファームに寄ってコーヒー豆を2種類買って、2時間半ほどかけて那覇まで戻った。



icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。

「九条俳句」市民応援団ができました。



  1. 沖縄
  2. | trackback:0
  3. | comment:2
次のページ