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「比較敗戦論のために」 :: 2019/03/23(Sat)

とりあえず「本」のカテゴリーに入れたが、それでいいのかどうか悩む。何故か。本ではなくてインターネット上の「内田樹の研究室」に掲載されている文章だからだ。(じゃぁと思って「web読み物」のカテゴリーを追加した)

「寺子屋ゼミ」の2019年の通年テーマを「比較敗戦論」にしたので、2016年の講演録と姜尚中氏とのトークセッションを再録したと言う。深い教養のないテイクには大いに勉強になり興味深かったので、印刷物ではなくiPad画面で読みにくいにもかかわらず一気に読んだ「比較敗戦論のために」


まず僕たちが誤解しやすいことですけれど、第二次世界大戦の敗戦国は日独伊だけではありません。フィンランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、タイ、これらは連合国が敵国として認定した国です。それ以外にも、連合国がそもそも国として認定していない交戦団体として、フィリピン第二共和国、ビルマ国、スロバキア共和国、クロアチア自由国、満州国、中華民国南京政府があります。これだけの「国」が敗戦を経験した。でも、僕たちはこれらの敗戦国で、人々が敗戦経験をどう受け容れたのか、どうやって敗戦後の七〇年間を過ごしてきたのかについて、ほとんど何も知りません。(中略)他の敗戦国民は自国の敗戦をどう受け止めたのか、否認したのか、受容したのかが知りたい。敗戦の総括をうまく実行できた国はあるのか。あるとしたら、なぜ成功したのか。敗戦を否認した国は日本の他にもあるのか。あるとしたら、その国における敗戦の否認は、今その国でどのような現実を帰結したのか、それを知りたい。「敗戦の否認」が一種の病であるとするなら、治療のためには、まず症例研究をする必要がある。僕はそんなふうに考えました。


敗戦国は日本だけではない、という認識。日独伊は負けたと大まかに思っているだけで、その他にあの戦争で敗戦国があったことをよく知らなかったし、それらの国の敗戦処理はどういうものだったかと云うことに想いを到らせたこともない。

この内田樹氏の講演録は、
敗戦国は日独だけではない
フランスは果たして戦勝国なのか
イタリアは戦勝国ではないのか
現在の政治状況と敗戦の総括との関係
ドイツ統合は敗戦の否認か
恥ずべき過去も含んだタフな物語
カウンターカルチャーがアメリカの強さ
歴史上の汚点を供養する
淡々と記述し物語ることこそが最大の供養
に分かれている。

特にフランスの生き残り方や東西ドイツ人の戦争責任の感じ方の違い、ムッソリーニを引きずりおろしドイツを敗退させたイタリアは敗戦国ではなく戦勝国ではないか、「ドイツは敗戦経験の総括に成功した」というのは本当か、など彼の分析が面白い。「東ドイツはナチスと戦い続けたコミュニストが戦争に勝利して建国した国だという話になっている。」とか、「ヴァイツゼッカー元大統領がきちんとナチス・ドイツ時代の戦争犯罪について謝罪して」はいるが「ドイツが連合国に無条件降伏した日を『ドイツ国民解放の日』と言っている」し、「悪いのはあくまでナチスとその軍事組織や官僚組織や秘密警察組織であって、ドイツ国民はその犠牲者であったという立場は譲らない。」などとは知らなかった。
翻って日本はどうだ。

自分たちの国には恥ずべき過去もある。口にできない蛮行も行った。でも、そういったことを含めて、今のこの国があるという、自国についての奥行きのある、厚みのある物語を共有できれば、揺るがない、土台のしっかりとした国ができる。(中略)都合の悪い話も、体面の悪い話も、どんどん織り込んで、清濁併せ呑める「タフな物語」を立ち上げることが必要だと思う。だから、「南京虐殺はなかった」とか「慰安婦制度に国は関与していない」とかぐずぐず言い訳がましいことを言っているようではだめなんです。過去において、国としてコミットした戦争犯罪がある。戦略上の判断ミスがある。人間として許しがたい非道な行為がある。略奪し、放火し、殺し、強姦した。その事実は事実として認めた上で、なぜそんなことが起きたのか、なぜ市民生活においては穏やかな人物だった人たちが「そんなこと」をするようになったのか、その文脈をきちんと捉えて、どういう信憑が、どういう制度が、どういうイデオロギーが、そのような行為をもたらしたのか、それを解明する必要がある。同じようなことを二度と繰り返さないためには、その作業が不可欠です。そうすることで初めて過去の歴史的事実が「国民の物語」のうちに回収される。「汚点」でも「恥ずべき過去」でも、日の当たるところ、風通しの良いところにさらされていればやがて腐臭を発することを止めて「毒」を失う。

汚点を汚点と認め、恥ずべき過去を隠さないで反省する姿勢がこの国には必要なのだ。小津安二郎の「秋刀魚の味」と云う映画で、駆逐艦の艦長と乗組員だった男二人が戦後ばったり町で出会う。あの戦争に勝っていたらどうなっていたでしょうねと問う元乗組員に元艦長が「負けてよかったじゃないか」と答える場面があるそうだ。負けてよかった、負けを認めた上で戦争中に他民族に為した蛮行を反省し謝罪する態度が求められているのだ。戦後73年経っても未だにグズグズ言うのは、負けてよかったと解放感を味わったあの時代の人々が少なくなっているのと関係しているのだろうか。




icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
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