Joy Luck Club

日記帖・雑記帖・ぼやきノート・備忘録・・・




福島県南会津郡下郷町から大沼郡昭和村へ :: 2017/11/09(Thu)

6月にフォーラム那須塩原で上映した「『知事抹殺』の真実」の安孫子監督のスタジオがある福島県下郷村へ、十人十色のメンバー6人(imok-mymt夫妻、izm夫妻、mtnさんとテイク)で出かけた。お誘いも受けていたし、遅ればせながらの打ち上げとでも言える日帰り小旅行だ。行く前から承知していたが残念ながら安孫子監督は不在。その代わりプロデューサーのNAOMIさんが対応して下さって6月の1週間上映の思い出やらその後のあれこれで話が弾んだ。


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場所は「福島県南会津郡下郷町落合字ジイゴ坂」にある廃校となった小学校を改造してカフェやギャラリーなどのスペースを作った「会津ジイゴ坂学舎」という建物だ。校舎の中には小さなシアターがあり安孫子監督の作品も観ることができる。「ジイゴ坂」とは地名で「ジイゴ」はアイヌ語なのだそうだ。

校舎の左奥部分には監督のスタジオやNAOMIさんの仕事場があり、監督が不在なのでスタジオは拝見できなかったが、代わりにNAOMIさんの仕事場を見せて下さった。昔の校舎の状態のままではさすがに寒いのでスタジオやNAOMIさんの仕事場は断熱材を入れて壁や床も張り替えて完全改造したという。知り合いの大工さんが自分の仕事が終わってからやって来て作業をしてくれ、廃材も使ったりしてかなり安く改造することができたそうだ。シックで落ち着いた雰囲気の、羨ましくなるような素敵な仕事部屋。冬には2mも雪が積もって寒いけれどこの環境は好き、とNAOMIさんは言う。もう一つのスタジオがある那須も好きだけれど此処も、と言うことだろう。
昔の校舎を改装してこのような佇まいになった。(2014年)
小学校の校舎の趣きを残しながらも洒落た建物に生まれ変わり、それが周りの風景や空気からはみ出してはいない。訪れる人がほどほどにいるという、環境と観光のちょうど良い関係が成り立っているのかなぁ。・・・と云う勝手な推察と希望。
2017november_03.jpg写真はHP「おいでよ!南会津。」より

安孫子監督の作品「春よこい」をジイゴ坂学舎のシアターで観たいのでまた来ますねとNAOMIさんに約束して次の目的地「ファーマーズカフェ大芦家」へ向かった。




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信濃 ② :: 2017/06/14(Wed)

無言館やデッサン館がある場所から別所温泉は近くて、車でチョイチョイチョイと下りて曲がって登って行った所にあった。旅館やホテルが20軒弱の小さな温泉町だ。残念ながら雨が降ってきたので露天風呂には入らなかったけれど、お客も少なくゆったりと温泉に浸かり「極楽極楽」。部屋の窓から見える景色は穏やかでとても魅力的だ。あれは民家ではないし、由緒ある宿屋なのかなぁと気になる建物が左手に見える。雰囲気がいい。別所温泉案内図で確かめてみると「柏屋別荘」とあった。
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翌朝、ひとっぷろ浴びてから別所温泉町にある3つのお寺と1つの神社を散歩がてら観て回った。旅館のすぐ裏にある北向観音は善光寺に対面するように建てられていて、善光寺参りをしたらこの北向観音にもお参りしないとご利益がないそうだ。その境内でラジオ体操をして冷たくて気持ちのいい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。旅先での散歩とラジオ体操が大好き!
長い参道を歩いて何十段かの階段を上って辿り着いた別所神社、茅葺屋根で姿、形のいい常楽寺から安楽寺までぐるっと回って小一時間のちょうどういい散策だった。

安楽寺への途中、大きな石碑が二つほど建てられたきれいに整えられた一画があって、説明文の中で「山本 宣治」がウンタラカンタラと云うのに出会った。聞いたことがあるような名前・・・政治家だっけ?そうだそうだ「山宣」という風に聞いたことがある左翼の活動家だ。読み進むと労働農民党の党員で衆議院議員となり、この別所温泉で講演した時には1000人もの聴衆が集まったという。(1929年)「その4日後、治安維持法改悪承認の議会で反対演説をする為に上京した彼は右翼に暗殺される・・・」と書かれている。山宣を別所温泉へ招いたのはタカクラ テルという共産党の国会議員で、農民組合は山宣の死を悼み、抗議の記念碑をタカクラの借家の庭に建立した。しかし、1933年には県下最大の弾圧事件でタカクラは逮捕され、記念碑の取り壊し命令に抗ったタカクラの家主・齋藤房雄は、密かに自宅(旅館柏屋別荘)の庭に埋めて守ったのだそうだ。ほぉ~。
ということは、部屋から見えるあの建物は、その家主こと齋藤房雄の自宅だったのかぁ。ほぉ~。

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戦前の治安維持法の再来と言われる今国会で議論になっている「共謀罪」。権力に盾を突けば暗殺され、逮捕されるという歴史の一つを偶然にも別所温泉で確認した訳だ。
朝ご飯を美味しくたくさんいただいて飯山市の「信濃百年 旅館」へと向かった。





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信濃 ① :: 2017/06/13(Tue)


2泊3日で上田市と飯山市を訪れた。
一番の目的は飯山市にある民宿「信濃百年」で開かれる「古民家に奏でる刺し子と書」展を観ること。昨年10月に米沢市の「創匠庵」の遠藤きよ子さんとお話した時に耳に入れた情報でその時から計画していたのだ。

それにしても飯山は遠いので、どうせ信濃に行くのなら前から行ってみたいと思っていた「無言館」に寄ろうと云うことになり、まず一日目は上田市にある無言館に行くことにした。
無言館は上田市街から外れた小高い丘にある。程よい雑木に囲まれたとても静かな場所だ。建物に入る前に、静かで落ち着く周りの空気をたっぷり吸ってああいい所ねぇと何度も呟いた。

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上から見ると十字架の形をした建物なのだと、
中に入って絵を観て回るうちに気がついた。

・・・・・・・・・・・・

無言館には戦没画学生たちが残した作品が展示されている。
戦後もそれぞれの肉親や妻、許嫁が大事に守り抜いてきた絵ばかりだ。
自画像には特に胸を打たれた。
そして妻や許嫁や妹や母・・・身近な人々の絵。
圧倒的に女性の絵が多い。
作品を守ってきた人たちの、出征する前の画学生の様子を語る言葉と作品を見比べる。

ある画学生は「立派に国のために戦ってきます」と父親に言ったものの、
出征前夜に姉に「戦争なんかに行きたくない、このまま絵を描いていたい」と打ち明けた。

ある画学生は出征する何日か前に妹とベートーベンのシンフォニー第5番のレコードを買いに行き、
出征するまで何度も何度も繰り返し聴いていた。

ある画学生は見送りの為に近所の人が家の外に集まってきても絵筆を離さず、
父に「そろそろ行け」と言われ、泣き続ける母を残して出て行った。

「この続きは帰ってきてから必ず描く」と許嫁の描きかけの絵を残して行った画学生。

「もし自分が死んだらこのレコードをかけて偲んで欲しい」と
家族にメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲のレコードを手渡した画学生。


沖縄で戦争に駆り出された学徒たちより少し上の世代の画学生たち。
こうやって若い人たちが死んで行かねばならなかった時代があったことを
しっかり胸に刻んでおく必要がある。
70余年が過ぎて今また若い命を奪うような時代が始まる気配の中にいて、
心の底から思った。

・・・・・・・・・・・・

外には画学生たちの名前が刻まれた「記憶のパレット」というパレットの形をした大きな平たい碑がある。
そのパレットの碑には美大での授業を教室の後ろから撮影した写真が転写されている。
絵が好きで好きで描きたくて描きたくて堪らなかったであろう画学生たちの、
思い思いの方向から思い思いの姿勢でモデルをスケッチしている後姿。

・・・・・・・・・・・・



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少し下った所には「傷ついた画布のドーム」と、併設された「オリーブの読書館」があって、ドームの天井に画学生たちの作品が画布のままびっしりと貼られていた。

外には「絵筆の碑」というコンクリートで出来た大きな碑がある。一枚の板のように見えるが実はこれは椅子の背もたれで一面に絵筆がはめ込まれていて、その右上にはバシャッとかけられた様な赤ペンキ。2005年の6月、無言館の前の「記憶のパレット」に赤ペンキがかけられた事件があったのだそうだ。「絵筆の碑」の裏には以下の言葉が彫られている。

「画家は愛するものしか描(えが)けない 
相手と戦い 相手を憎んでいたら 
画家は絵を描(えが)けない  

一枚の絵を守ることは 
『愛』と『平和』を守るということ」

赤ペンキ事件に対して「・・・実際に『無言館』の記念碑にペンキがかけられた事件を『復元』しました。『無言館』が多様な意見、見方のなかにある美術館であることを忘れないためです」と答えたモニュメントなのだ。



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デッサン館から出たところからの眺め。
上田市街、山々、青空、静寂・・・

夭折した画家たちの作品を集めた「デッサン館」も鑑賞して今夜の宿のある別所温泉へ向かった。







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四十周年 :: 2016/07/02(Sat)

6月の終わりに結婚四十年めを迎えました。
ルビー婚式と云うのだそうですねぇ。
25年目の銀婚式に「竜馬を訪ねる旅」と称して、高知、長崎、京都を巡ったけれど、
その他は結婚記念日なんて毎年すっかり忘れて通っています。
なのにどうして今回は・・・?

美味しい魚が食べたいねぇと二人で話していて、
じゃぁ結婚四十周年を記念して魚を食べる旅をしよう(?)という18氏の提案がありました。
テイクはそんなこと数えてないいので、あ、そうなんだ40年経ったんだという感じ。
理由はどうであれ、美味しい物を食べに行くのは大賛成なので、
何処に行こうかいそいそと計画を立て新幹線の切符や宿の予約を始めたのが5月半ばです。

6月29日から7月1日まで二泊3日の小旅行に出かけました。
行先は函館!
3回目の北海道、初めての函館です。

函館の定番名所を訪れました。
交通網も整っていて、市民と観光客が両者とも気持ちよく移動できるように感じました。
(そりゃわからない。市民にとっては市電もバスもいつも混んでいて嫌かも知れない。)
五稜郭、トラピスチヌ修道院、坂道を上り下りしながらいくつかの教会巡り、函館港近くの朝市。
ソフトクリームに海鮮丼、蟹にイカそうめん、そしてメロン!

いつものように朝5時起きで、温泉に入って体も頭もすっきりさせて散歩。
いつものようにラジオ体操~。函館湾とその向こうに津軽海峡が見える空き地で。
ああ気持ちいい。幸せ~。
北海道立函館美術館の特別展「画家の詩、詩人の絵」のポスターを散歩途中で見かけて、
これに行きたい、
他の場所へ行く時間がなくなってもいいからこの展覧会に行きたいというテイクの願望が受け入れられて、
二日目はトラピスチヌ修道院のあと、美術館で2時間ほど過ごしました。
散歩して良かった。散歩道にポスターがあって良かった。この企画の期間中で良かった。ラッキーだった。
もう一つラッキーだったのは市電・市バスの1日乗り放題チケットを持っていると入館料が100円安くなること。
36人の画家と26人の詩人の様々な表現をいっぺんに味わえて良い企画です。
画集でしか見たことがなくて、良いなあと思っていた長谷川潾二郎の絵に思いがけず会うこともでき、
とても嬉しかった!
以前読んだ「炎の画家 三岸節子」で記憶に残っていた夫・好太郎の作品もあったし、
(この画家はあまり好きじゃない)
詩人の木島始のプロフィールを読んでいたら、思いがけなくアーサー・ビナードという名前が出てきて驚いたし、
まどみちおの「とおいところ」という詩と絵があったし・・・・・・・大満足です。
july_01.jpg july_02.jpg100円引きの素



少し遅めの昼食は函館朝市のどんぶり横丁で海鮮丼を食す。(思い出すとヨダレが出そう。美味しかった!)
午後はハリストス正教会やカトリック元町教会のある近辺で過ごしました。
修学旅行中の小学生5、6人のグループに写真撮影を頼まれてシャッターを押してあげたら、
お礼にと言って町や学校を紹介した手作りの冊子をくれました。
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ちょっとした会話をして楽しいひと時。かわいい子どもたちでした。



そんなこんなで四十年間の1825の来し方を特別に振り返ることもなく、
たくさんのことを楽しんだ3日間でした。
ま、とにかく、これからも二人そろって元気に楽しくやって行きましょう~~
と云う気持ちは口に出さなくても了解済みです。チャンチャン。




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