Joy Luck Club

日記帖・雑記帖・ぼやきノート・備忘録・・・




のりきちさんと過ごした午前午後 :: 2015/05/29(Fri)

のりきちさんが那須高原に出かけてきてくれました。
会うのは1年半ぶり?
テイクの庭を観てもらって、その後は家の中であれこれお喋り。
18氏がお昼ご飯を作り始めたので、のりきちさんとテイクは二人で昼食を取りに「きたざき」へ。

なのになんと金曜日も「きたざき」は休みになっていたのです。以前は確か木曜日だけだった定休日・・・
じゃ蕎麦を食べようと「那須茶寮」へ。
かなり久しぶりに訪ねたこの店。メニューが大幅に変わっていてほほぉ~~。
ここの蕎麦は確かに美味しい。
デザートはサバラン屋さんの「タブー」で見繕って・・な~んて考えていたのですが、ここもお休み。
金曜日も休み?ハイシーズンにならないと皆さん週末のみの営業と云うことになるのでしょうか。残念でした。

空振りが続いた後、家に戻ってグリーンサム・Tさんのお庭拝見にのりきちさんをお連れしました。
いいでしょいいでしょと、自分の庭でもないのに自慢げな気分。
その写真はのりきちさんのブログ「ときつれ+α2」で紹介されています。

サバランが駄目だったので歩いて行ける「森のケーキ屋さん」のケーキを食べるつもりでいたのですが、
グリーンサム・Tさんの庭で思いの外というか、いつも通りというか、当然というか、
長い時間を過ごしたのでケーキまで事は運びませんでした。
また今度ね~ということで、のりきちさんお許しを。



おお~っ!のりきちさんの手作りお土産をを紹介しなければ。
手を動かすことを厭わないのりきちさんは色んなことをやって色々なものを産み出しています。
羊毛フェルトのマスコットは以前いくつかいただきましたが、今回は手作りマグネットと写真付き石鹸です。
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小さいけれど野菜がいっぱいのマグネットが可愛いです。

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何度か説明を聞いたけれど、「へぇ~そんなことができるんだ」程度の理解しか出来ないテイクに、
庭仕事後の手洗いにとこの石鹸を作って、こんな風に丁寧なラッピング。
いくら写真は最後まで残ると言われてもホント?と半信半疑で、使うのがもったいな気がします。


テイクが辺野古のことをJLCで色々紹介しているので、
ジュゴンのマグネットも作って下さいました。さっそく冷蔵庫の扉にペタッ。ありがとうございました。




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さいたま市の女性の句。
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その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。






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沖縄旅行 ④ :: 2015/05/27(Wed)

4月16日(木)

那覇に戻る前に、もう一度辺野古の海を見たい。
もう一度キャンプシュワブのゲート前テントに身を置きたい。
ホテルから真っ直ぐ那覇に移動する気にはなれなかったので、辺野古へと向かう。

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10時ごろ、到着。もうリレートークが始まっていた。
名護市が出している「米軍基地のこと 辺野古移設のこと」というパンフレットをもらって、
それを見ながら辺野古市議会議員の説明を聞く。
実弾訓練。廃弾処理の爆発音。オスプレイの離発着。ヘリコプターによる兵士吊り下げ訓練。
そして、辺野古の海を埋め立てての新軍事基地建設。
本土に居ると触れることのない沖縄県の日常生活の実態を少しだけれど実感した。
実弾が飛び交う音が聞こえてくるし、廃弾処理の爆発音も聞いた。
工事車両が目の前を通る。


うるま市と那覇市からも大勢の参加者が島ぐるみバスで来ていた。
この島ぐるみバスは、抗議活動に参加したい人たちの為に、
県内のあちこちの町や市から、週二日とか一日おきとか毎日とか、それぞれ定期的に出ているらしい。
姉妹で来た。一人で参加した。初対面だけれどバスの中で友だちになった。
誰に駆り出されたわけでもなく、知りたい、黙っていられない・・・という想いでバスに乗って来るのだと言う。

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そろそろお昼だ、と言う頃に、第一、第二ゲートに向けてシュプレヒコールをしながら歩いた。
ゲート前で抗議のグルグル行進もした。
これも毎日行われている。

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蛇腹フェンスの下、矢印で示した茶色っぽく見える線が米軍基地と歩道との境目。
もちろん公道を自由に通行し、歩道で抗議活動をするのは私たちの権利なのに、
米軍基地の出入り口前の数メートルが封鎖されてしまっている。
沖縄防衛局や国の憲法に違反する姿勢は許せない。
抗議行動がどんどん盛り上がってきているので、それを力でねじ伏せようとしている様に見える。



漁港のテントに寄ってから堤防に座り、「無理やりボーリング調査」が行われている海を見ながらお昼ご飯。
カヌー隊が海上保安庁のゴムボートに乗せられて帰ってきた。
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海に出て抗議しているカヌー隊を海上保安庁の職員が排除するのだ。
調査現場を国が強制的に置いたフローで囲っている。
その周りで抗議している人々をカヌーから海上保安庁のゴムボートに無理やり引っ張りこんで「保護」するというやり方。
抗議行動は市民のりっぱな権利なのに、抗議する市民を時には海に落としたりして危険な排除行動を続けているのだ。
ここでも国は憲法違反をしている。

okinawa34.jpg
浜の近くまで来て、抗議活動をしていた人たちをゴムボートから解放し、カヌーを返す。
毎日こんなことが繰り返されている。
そして海上保安庁の職員の抗議者たちへの振る舞いが日々乱暴になってきている。


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20艇ほどのカヌーが砂浜に上がって昼の休憩に入ったようだ。




70年も苦しめられ虐げられてきた人たちが、
自分たちのものであるふるさとを今度こそ自分たちの手に取り返そうと一つになって日本政府と対峙している。
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島袋文子さん。1825が座った同じテントの中の最前列の、毎日座る携帯椅子に座っていた。


3日間、辺野古と高江に身を置いて、その空気を吸い、住民の想いに共感し、
沖縄と本土との間に漂う何かを感じた。
美しい海と空。ブーゲンビリアが咲き、百合も咲き、地植えのアマリリスも満開だった。
人も大らかでとても居心地がいい。

辺野古の新基地建設に反対するだけでなく、戦争するために必要とされている世界中にある全基地を無くしたい。
戦争は絶対に嫌だ。戦争をする者に知らず知らずのうちに手を貸すのも嫌だ。
ベトナム反戦の頃からずっと抱き続けている、戦争を知らないテイクの想い。

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左手の受難 :: 2015/05/14(Thu)

3月3日に左手首を骨折してから2ヶ月半近く経ちました。
骨折は完治。
その後、リハビリを続けていますが、同じ格好をし続けた手首を元通りの柔らかさで動かすようにするまでに
結構時間がかかるんだなぁ~と実感してます。言いたくはないけれど、まぁ、年のせいだろう、ね。
手首を前後左右に動かすことがかなり楽になってきたと思ったら、腱鞘炎っぽい症状が出てきました。
原因不明。
その上、クローゼットの折り戸に左手の甲の皮をはさんで内出血。
そして昨日、薬指の先をざっくり包丁で切ってしまってしばらく出血止まらず。
3月からの左手の受難に同情しつつ、あ~あ。



何かにつけ、昔ご近所さんを想う。




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昔ご近所さんが逝ってしまった :: 2015/05/12(Tue)




山梨のH美さんから、昔ご近所さんが亡くなったと9日の夜に電話あり。
えっ?!どうして?!
別々に寝ているご主人が朝、起こしに行ったら冷たくなっていたと・・・。
どうして?
・・・・・・・・・

H美さんも突然のことで電話の向こうで呆然としている。
テイクも信じられない。
3人の中で一番元気な人だったのに。H美さんやテイクより2歳若かったのに。どうして?

昨日、山梨に行って昔ご近所さんとお別れをしてきた。
寝ているような穏やかな顔を見たら、どうしたの?どうしてなの?としか言えなかった。

インターネットを何年か前にやめてしまっていたから、メールのやり取りもJLCへの書き込みも無くなったけれど、
テイクが那須に引っ越してからは手紙や電話で近況報告をし合っていた。
大きくて元気な声で話す人だった。

ぴんぴんころりがいいよねって、3人でよく話していたけれど、それはあと何十年か生きた後の話だったじゃない。


今日がお通夜。明日が葬儀。
テイクは那須で冥福を祈る。
でも、やっぱりどうして?としか言えない。





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沖縄旅行 ③ :: 2015/05/04(Mon)

4月15日(水) 四日目


東村(ひがしそん)高江にある米軍北部訓練場のゲート前テントを訪ねた。
名護市から1時間ちょっとで到着。
映画「標的の村」を観て衝撃を受け、是非行ってみたいと思った所だ。

県道70号線を北上して高江地区に入る。
どこにテントはあるのだろうとどんどん走っていると、
「やんばるの森にオスプレイはいらない!」と書かれたのぼりと、椅子に座っている人を見つけた。
もう少し先に行くと左手にテントを設営している人がいたので、
「座り込みに参加したくて来たのですが・・・」と伝えると、
メインゲートに行って受付をして、そこに居る人の指示に従うようにとのこと。


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あった!第一ゲートに横断幕がかかり、ワゴン車と乗用車がゲートを塞ぐように置かれている。

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テントの反対側に座るMさん。

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テントの中で、2007年から続いているゲート前での抗議行動や現状について
Mさんが説明をしてくれた。
この緑の図を使っての説明はとてもわかり易い。
・沖縄の何処に北部訓練場が位置するか(図の左上)
・北部訓練場に接する高江地区の位置(その右)
・すでに建設されてしまった二つのオスプレイパッドの位置(左下N4テント設置)
・建設を阻止し続けているオスプレイパッド建設予定地四つ(中間N1テント、Gテント、Hテント設置)

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テント前には座り込みの心得みたいな事が書かれた立て看板(?)が。
私たちは非暴力です。自分の意志で座り込みに参加しています。
「いつでも愛とユーモアを」とある通り、テントの中は和やかで楽しい空気に包まれていた。
地元の人の話を聞きながら過ごす。

一段落したところで、お弁当を持って来なかったことに気が付いた。
「しまった、お弁当を買って来なかったね」と二人で呟いていたら、
「水曜日は那覇に住む人から差し入れがあるから大丈夫だよ。」
ラッキー~!と単純に喜んでしまった。とても自然に優しく誘ってくれるんですもん。


石川県から来たという人と、1週間辺野古で過ごした後、高江に来たという岩手のIさんと1825の4人で、テントから少し上がった所に登ってみた。Iさんが米軍基地の事や高江の森のこっちにオスプレイパッドが二つあってテントには毎日抗議する人詰めている、あっちの方には4つ計画されているけれど基地に繋がる2本の村道にテントを設営してそこでも見張りをしている、と教えてくれた。(何回も来ているので高江の事情にとても詳しい。)さっきMさんが地図で説明してくれた事を思い描いて見渡した。

鳥の声。ふわぁっと頬をなでる心地のいい風。静かな森。
基地が無ければヘリコプターやオスプレイの爆音もなく、訓練中の米軍兵士が庭の片隅にぬぅ~っと姿を現すこともなく、平穏にのどかに暮らせるのに・・・。

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テントに戻ると昼食が始まっていた。
沖縄風炊き込みご飯や筍の煮物、ポテトサラダや卵焼き、漬物、吸い物・・・。
地元の人も県外から応援に来た人も静かにいただく。
食べる時は静かだねって誰かが呟いた。美味しかった。満腹だ。

昼食後はお喋りをする人、本を読む人、資料を見る人、写真を撮っている人、昼寝をする人、
テントの中ではそれぞれ好きなことをやっている。
何か動きがあればサッと行動に移るのだろうけれど、
この日は何事もなく、のんびりとやんばるの風に吹かれた。
気持ちのいい風だった。
本当はこうでなくちゃいけないんだ。
基地もない。軍事訓練もない。オスプレイも飛ばない。抗議の座り込みもない。
本来の東村高江の時間が流れなくては・・・。



高江には抗議テントが数個あって、毎日人が詰めている訳で、それを何年も続けているのだ。映画「標的の村」に出ていた人たちがそのまま今日もあちこちのテントで抗議をしている。凄いことだ。
メインゲートの反対側にあるテントにも行った。淹れてくれたコーヒーをご馳走になり、この辺の動植物の話などを聞く。テントの傍の野生の蘭が開き始めていることも教えてくれた。

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近くで畑仕事をしていたおじさんが「森の中を歩いてみる?」と誘ってくれたので、京都から来ていた二組のご夫婦と歩いた。この道の右側は高江の土地。左側が海兵隊の基地。フェンスも何もない。「U.S.M.C.」と書かれた50㎝ほどの杭が立っているだけだ。


み~んな優しくて穏やかでいい人ばかり。
辺野古でもそうだったけれど、怒る気持ちを持ちながらも楽しく和やかに時間を共有する。長い闘いを進めるのに必要なことなのかも知れない。森。風。鳥の声。海。静けさ。素晴らしいものがいっぱいある。今度来る時は高江の民宿に泊まろう。

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