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Joy Luck Club

日記帖・雑記帖・ぼやきノート・備忘録・・・




「影向のボレロ」 :: 2019/03/26(Tue)

新作楽劇 「影向のボレロ」
3月24日午後2時開演
白河文化交流館コミネス大ホール
「白河戊辰150周年記念事業」として企画・上演された、プロ、アマ、市民で作り上げた何とも贅沢な楽劇。

「影向(ようごう)」とは「神仏が一時姿を現すこと、神仏の降臨」(広辞苑)


1868年(慶応4年)1月3日京都郊外の鳥羽伏見で勃発し1869年(明治2年)5月18日までの18カ月にわたる戊辰戦争を背景とした史実を脚色した物語。

会津・庄内藩を朝敵とし、北上して来た新政府軍は”奥羽の要衝”と言われる白河に侵攻。幕府の直轄となっていた白河城(小峰城)を会津藩などが占拠。奥羽列藩も集結し、新政府軍との激しい戦いが繰り広げられた。閏四月二十五日に始まり五月一日に新政府軍が白河を占領したがその後七月まで同盟軍は総攻撃や小戦闘をくり返した。”百日戦争”と言われる由縁だ。

戊辰戦争中いちばん長い戦場となった白河は、奥羽越列藩同盟軍にとって組織として戦った初めての、そして唯一の戦場となった。この白河口での戦いは、戊辰戦争最多の千名を超える戦死者を出したと言われている。「会津戦争」の中に包含されてしまっている「白河口の戦い」だが、その後の戊辰戦争の帰趨を決する戦いでもあった。
2019march_19.jpg

ここまでの経緯が第一幕から第三幕までで描かれている。そして、第四幕では戊辰戦争の終結と東軍西軍を分け隔てすることなく弔う白河の民衆たちの会話、毎年夏恒例の盆踊り・白河踊りへと流れ大団円となる。

休憩が二度入り、3時間に及ぶ大楽劇だった。和太鼓奏者・林英哲、指揮者・川島素晴、福島フィルハーモニックオーケストラ、役者もダンサーもコミネス混声合唱団も全てが最高の力を発揮し一つの物語を演じ上げる。素晴らしい作品になっていた。ブラボー!


・音楽監督・指揮・作曲
   川島 素晴
 (亡くなった松下功氏に師事。松下功氏の後を受け継いで、音楽監督としてこの《影向のボレロ》の作曲と編曲、仕上げ演奏に力を注いだ。)
   
・管弦楽
   福島フィルハーモニックオーケストラ
 (音楽を通して福島を励ましたい、という思いの福島出身のプロの音楽家たちの集団。2016年3月に弦楽器だけのストリングオーケストラを結成し、その後管楽器を加えてフィルハーモニックオーケストラとなる。)

・作曲
   故 松下 功
 (東京芸術大学作曲科、同大学院、ベルリン芸術大学で学ぶ。長野冬季オリンピック文化プログラムオペラ《善光寺物語》、開閉会式の入場行進曲、和太鼓協奏曲第1番《飛天遊》などを作曲。この《影向のボレロ》を作曲し白川公演の準備をしていたが、2018年9月16日文京区民オーケストラ指揮中に倒れ急逝する。)

・太鼓
   林 英哲
 (太鼓奏者としてロック、ジャズ、現代音楽、民族音楽などの演奏家たちと共演しながら、かつての日本の伝統にはなかったテクニックと体力を要する大太鼓のソロ奏法、多種多様な太鼓群を用いた独自奏法など林英哲特有の太鼓表現を築き上げた。)

・笙・作曲
   真鍋 尚之
 (伝統に根ざしながら超絶技巧を用いた演奏で笙のの魅力を飛躍的に発展させた。)

・篳篥
   三浦 元則
 (古典から現代音楽まで幅広く演奏し、国内外で活躍中。)

・合掌
   コミネス混声合唱団
 (白河文化交流館コミネスの開館に合わせて誕生した合唱団。)

・ナレーター
   春風亭 昇羊
 (落語家 2012年・春風亭昇太に入門 2016年・二つ目昇進)

しらかわ演劇塾の役者たち、5人の男性バレエダンサー、バレエスタジオ PlANEの6人、シテ方能楽師・山中迓晶、舞踊家・中川雅寛、白河民舞愛好会、飯沢太鼓保存会、白河中央祭ばやし保存会、白河青年会議所、しらかわ甲冑会の市民キャスト多数。

・台本・構成・演出
   志賀野 桂一 (コミネス館長)




こっそり言うと、この日、同じ時間に大田原市で前川喜平氏の講演会があった。カレンダーにずっと前に書き込んであったのにそれを忘れてこの「影向のボレロ」のチケットを買ってしまった。気が付いた時にはもう遅い。払い戻しもできないし、残念と思いながら前川喜平講演会を諦めた。ガッカリさせられない作品でありますようにと願いながら会場に向かった1825。ところがどっこい、講演会を聴き逃したけれど、そのお蔭でいい作品を堪能することが出来た。これはこれで良かったねぇと満足して帰って来たのだ。




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「比較敗戦論のために」 :: 2019/03/23(Sat)

とりあえず「本」のカテゴリーに入れたが、それでいいのかどうか悩む。何故か。本ではなくてインターネット上の「内田樹の研究室」に掲載されている文章だからだ。(じゃぁと思って「web読み物」のカテゴリーを追加した)

「寺子屋ゼミ」の2019年の通年テーマを「比較敗戦論」にしたので、2016年の講演録と姜尚中氏とのトークセッションを再録したと言う。深い教養のないテイクには大いに勉強になり興味深かったので、印刷物ではなくiPad画面で読みにくいにもかかわらず一気に読んだ「比較敗戦論のために」


まず僕たちが誤解しやすいことですけれど、第二次世界大戦の敗戦国は日独伊だけではありません。フィンランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、タイ、これらは連合国が敵国として認定した国です。それ以外にも、連合国がそもそも国として認定していない交戦団体として、フィリピン第二共和国、ビルマ国、スロバキア共和国、クロアチア自由国、満州国、中華民国南京政府があります。これだけの「国」が敗戦を経験した。でも、僕たちはこれらの敗戦国で、人々が敗戦経験をどう受け容れたのか、どうやって敗戦後の七〇年間を過ごしてきたのかについて、ほとんど何も知りません。(中略)他の敗戦国民は自国の敗戦をどう受け止めたのか、否認したのか、受容したのかが知りたい。敗戦の総括をうまく実行できた国はあるのか。あるとしたら、なぜ成功したのか。敗戦を否認した国は日本の他にもあるのか。あるとしたら、その国における敗戦の否認は、今その国でどのような現実を帰結したのか、それを知りたい。「敗戦の否認」が一種の病であるとするなら、治療のためには、まず症例研究をする必要がある。僕はそんなふうに考えました。


敗戦国は日本だけではない、という認識。日独伊は負けたと大まかに思っているだけで、その他にあの戦争で敗戦国があったことをよく知らなかったし、それらの国の敗戦処理はどういうものだったかと云うことに想いを到らせたこともない。

この内田樹氏の講演録は、
敗戦国は日独だけではない
フランスは果たして戦勝国なのか
イタリアは戦勝国ではないのか
現在の政治状況と敗戦の総括との関係
ドイツ統合は敗戦の否認か
恥ずべき過去も含んだタフな物語
カウンターカルチャーがアメリカの強さ
歴史上の汚点を供養する
淡々と記述し物語ることこそが最大の供養
に分かれている。

特にフランスの生き残り方や東西ドイツ人の戦争責任の感じ方の違い、ムッソリーニを引きずりおろしドイツを敗退させたイタリアは敗戦国ではなく戦勝国ではないか、「ドイツは敗戦経験の総括に成功した」というのは本当か、など彼の分析が面白い。「東ドイツはナチスと戦い続けたコミュニストが戦争に勝利して建国した国だという話になっている。」とか、「ヴァイツゼッカー元大統領がきちんとナチス・ドイツ時代の戦争犯罪について謝罪して」はいるが「ドイツが連合国に無条件降伏した日を『ドイツ国民解放の日』と言っている」し、「悪いのはあくまでナチスとその軍事組織や官僚組織や秘密警察組織であって、ドイツ国民はその犠牲者であったという立場は譲らない。」などとは知らなかった。
翻って日本はどうだ。

自分たちの国には恥ずべき過去もある。口にできない蛮行も行った。でも、そういったことを含めて、今のこの国があるという、自国についての奥行きのある、厚みのある物語を共有できれば、揺るがない、土台のしっかりとした国ができる。(中略)都合の悪い話も、体面の悪い話も、どんどん織り込んで、清濁併せ呑める「タフな物語」を立ち上げることが必要だと思う。だから、「南京虐殺はなかった」とか「慰安婦制度に国は関与していない」とかぐずぐず言い訳がましいことを言っているようではだめなんです。過去において、国としてコミットした戦争犯罪がある。戦略上の判断ミスがある。人間として許しがたい非道な行為がある。略奪し、放火し、殺し、強姦した。その事実は事実として認めた上で、なぜそんなことが起きたのか、なぜ市民生活においては穏やかな人物だった人たちが「そんなこと」をするようになったのか、その文脈をきちんと捉えて、どういう信憑が、どういう制度が、どういうイデオロギーが、そのような行為をもたらしたのか、それを解明する必要がある。同じようなことを二度と繰り返さないためには、その作業が不可欠です。そうすることで初めて過去の歴史的事実が「国民の物語」のうちに回収される。「汚点」でも「恥ずべき過去」でも、日の当たるところ、風通しの良いところにさらされていればやがて腐臭を発することを止めて「毒」を失う。

汚点を汚点と認め、恥ずべき過去を隠さないで反省する姿勢がこの国には必要なのだ。小津安二郎の「秋刀魚の味」と云う映画で、駆逐艦の艦長と乗組員だった男二人が戦後ばったり町で出会う。あの戦争に勝っていたらどうなっていたでしょうねと問う元乗組員に元艦長が「負けてよかったじゃないか」と答える場面があるそうだ。負けてよかった、負けを認めた上で戦争中に他民族に為した蛮行を反省し謝罪する態度が求められているのだ。戦後73年経っても未だにグズグズ言うのは、負けてよかったと解放感を味わったあの時代の人々が少なくなっているのと関係しているのだろうか。




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木炭画 :: 2019/03/22(Fri)

風強し。
「色あそび」のクラスが3か月ぶりにあった。
月に一度、第四金曜日の10時から遊ぶのだ。
今日は木炭画3回シリーズの1回め。
木炭なんて持ったこともない。
鉛筆画みたいに描けばいいのか、と思っていたら全くの別物。
鉛筆画は線で、木炭画は面で描くのだそうだ。
モデルはカボチャ。
難しいぞ。

遊び終わって図書館へ。
更に風が強くなる。
しかも冷たい。

忘れないうちにグレースケールを作る宿題を。
明~暗へと12段階に塗り分ける。
2019march_18.jpg
最初の4マスと最後の真っ黒とやや真っ黒2マスの間の
7段階の区別をつけられない。
難しいぞ、これも。

ご飯が残っているから今晩はライスグラタン。
蓮根とさつま芋と鶏肉の甘酢炒め煮の残りはオープンオムレツに。
サラダはレタスと新玉とトマトと胡瓜とスナップエンドウを
無茶々園のレモンとオリーブオイルと塩胡椒で和えれば良い。






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義経千本桜「椎の木の段」「すしやの段」 :: 2019/03/19(Tue)

人形浄瑠璃文楽・三月地方公演 昼の部
「義経千本桜 椎の木の段、すしやの段」
3月17日1時30分~
@宇都宮市文化会館小ホール

2019march_17.jpg


関西で腕白坊主やいたずらっ子のことを「権太」というあだ名で呼ぶのは実はこの「椎の木の段」「すしやの段」の登場人物の一人・いがみの権太から来ているという。親を泣かせるならず者のいがみの権太は勘当同然の身。妻子がありながら他人からも親からも金を巻き上げる悪行を止めない。

「椎の木の段」に到るまでの話
生前、聖人と言われるほど徳の高かった平重盛。その嫡男・維盛の御台所・若葉の内侍は、平家滅亡後、夫の生死もわからぬまま、幼い息子と北嵯峨に身を隠していた。そこへ、家来・小金吾武里がもたらしたのは、維盛が生きていて高野山へ入ったとの噂。三人は追っ手をかわし、高野山をめざす。(パンフレットより)
「椎の木の段」
・・・・・
「椎の木の段」と「すしやの段」の間の話
日没後、上市村で追っ手に出会い、深手を負った小金吾は、道を引き返し御台所と若君を逃して絶命する。その亡骸を見つけたのが、役所に呼び出されて帰宅する弥左衛門。首を切り取り一目散に家へ。(パンフレットより)
「すしやの段」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

竹本織太夫の語りの素晴らしいこと。以前に二度人形浄瑠璃を観た時には、豊竹咲甫太夫を名乗っていた。今回の「義経千本桜 すしやの段」の後を受け持ち、鶴澤清志郎の三味線との息の合った力の籠った演奏(と云うのか?)は舞台と会場を圧倒していた。

入り乱れた物語の展開の最終盤へ向かっていくに従って織太夫の語りと清志郎の三味線は熱を帯び、今にも跳び上がらんばかりだ。舞台の人形よりも織大夫と清志郎の方に目が行ってしまう。熱のこもった語りに観客はいよいよ物語にのめり込んでいく。

「思ひはいづれ大和路や、吉野に残る名物に維盛弥助といふ鮨屋、今に栄ゆる花の里、その名も高く顕はせり」 と終わった時には、目は潤み身体はぐったり。大きな拍手が湧く。立ち上がって拍手をしたくなるほどだ。文楽でこんなに感動したのは初めて。(まだたったの3回目だけれど)

人形の存在が霞んでしまうほどの織太夫と清志郎の迫力に心を掴まれた。素晴らしかった。最後の台詞を語りながらゆっくり床本を閉じる織太夫の仕草、頭を下げ床本を捧げ持つ姿がこれまた良かった。人形浄瑠璃の今までとは違う楽しみ方を手に入れた気がする。嬉しい。

「文楽の特徴は、ストーリーや台詞を語る“太夫”、心理や情景を音で表現する“三味線”、一体を3人で遣う“人形”の、3つのパートが一体となって演じる形式。華やかな人形に目を奪われがちだが、真の主役といえるのは実は太夫だ。太夫は、複数の登場人物の台詞からナレーションまで、すべてを一人で語り分け、その声で観客を物語世界へと誘うのだ。」(The new York Times Style Magazine : Japan JUNE 04, 2018 )



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官邸前から吉祥寺へ :: 2019/03/18(Mon)


写真16日土曜日のことだけれど、「沖縄県民投票の黙殺を許さない!辺野古新基地建設反対!」官邸前での集会に参加した。(同じ時間に沖縄で開かれた集会に連帯して計画されたのだろう、と思う。)参加者数は残念ながら少ない。地下鉄の駅からワンブロックくらいの、幅を半分に区切られた歩道しか埋められない程度の人数だ。(沖縄県民大会には1万人が集まった事を帰りの新幹線車内の電光掲示板ニュースで知る)3月17日の「澤藤統一郎の憲法日記」に書かれているように「沖縄では、もっと大きな集会の開催もあるが、沖縄県の人口は140万人。1万人超の参加者規模は、東京での10万人集会に当たるのではないだろうか。」というのは間違いない。

例え参加者数は少なくてもそれなりに盛り上がればいいのだけれど、マイクの調子がよくない。主催者の説明や参加者のスピーチの途中でマイクが働かず音声が何度も何度も途切れた。自然発生的に「沖縄を返せ」や「座り込めここへ」が広がるけれどそれだけでは時間が持たない。

やっと音響機器の調子が整い「コール」が始まる。シュプレヒコールとはもう言わなくなっている。その「コール」を先導する女性の声がキンキンと高すぎるし大き過ぎる。尚且つ内容がない・・・。耳を塞ぎ、自己満足的な彼女の姿を見るに忍びなく下を向きただただその声を聞き流していた。参加者たちは律儀に叫んでいたけれど、テイクは余りにも画一的で訴える力のないうるさいだけの「コール」の先導に白けていたぞ。

岩屋防衛大臣は県民投票の結果を受けて「沖縄には沖縄の民主主義があるだろうが、国には国の民主主義がある。」と言い放った。防衛大臣の「国には国の民主主義がある」発言の酷さを告発しなければならないのに、「コール」先導者と発言者たちは「岩屋防衛大臣は『国には国の民意』があると言った・・・」と繰り返す。発言しながらオカシイと思わないの?「違うよそれは、間違いに気が付きなさい」とブツブツ思うテイク。原稿を作った時に見直さないのか?

発言者の中では唯一、元山仁士郎さんが「防衛大臣は国には国の民主主義があると言ったが・・・」と取り上げていた。些細なこんな所にも沖縄と「本土」とに真剣みの温度差があるということか。情けなく思った。元山仁士郎さんの本土に住む国民への怒りも含めたスピーチを聞けたからもうこれで良い。彼の言葉を胸に収めて吉祥寺に向うため集会から離れた。



写真何だかなぁ、こんなんじゃダメじゃないの?と、がっかり気分としょげた気持ちを抱えて向かった先は、吉祥寺の「ココロヲ・動かす・映画館〇 (cocomaru theater)」だ。ここで「共犯者たち」が上映されていることを知って、迷った末に「金子文子と朴烈」を観る計画を変えた。

「共犯者たち」を観た映画サークル「十人十色」の一人が次はこれを応援上映したいという意見を出している。テイクもシネ・フロントの紹介や解説を読んでいいんじゃないかなと思った。が、まとめ役のIさんが、一人の感想だけじゃ頼りないから、テイクさん、東京に行くなら観て来てよと仰る。この映画の方が観ることの出来るチャンスは少ないだろうし観逃したくないと思ったから、「共犯者」を観ることにしたと云う成り行きだ。

監督:チェ・スンホ / 製作:ニュース打破
韓国映画 / 105分 /2017年


李 明博(イ・ミョンパク)、朴 槿恵(パク・クネ)政権の9年に渡る言論弾圧の実態を暴いたドキュメンタリー映画。〔米国産牛肉BSE問題〕などの報道によって信頼を失いかけた李 明博政権は、メディアへの政治介入を始める。公共放送局KBSと公営放送局MBCの政権に批判的な経営陣を排除し、調査報道チームを解散させ、記者たちを制作部門から外すなどという露骨なやり方だ。両局の労働組合はストライキで抵抗するが政権から送り込まれた新経営陣は解雇や懲戒を乱発する。調査報道番組「PD手帳」を終了させ、「こんにちは大統領です」という政権の宣伝番組を流し始める。政府の広報機関となったKBCとMBCは〔セウォル号惨事〕で事実を報道せず「全員救助」という嘘の情報を流し、〔崔順実(チェ・スンシル)ゲート〕の隠蔽に手を貸すような御用放送局に転落した。

今現在、Nippon Hoso Kyokaiとアベ政権がやっていることと丸っきり同じじゃないか。日本ではこの韓国での政権の放送局乗っ取りと記者たちの抵抗運動は報道されなかったから、今になってこの映画を観ると怖くなる。更に、日本の記者たち編集局員たち―報道関係者たちが韓国の記者たちが闘ったのと同じ様に権力に抵抗することが出来るのかと思うとはなはだ心細い。

観る価値のある映画だ。けれども残念ながら分りにくい映画でもある。権力が介入し放送局が乗っ取られるまでの展開が慌ただしく描かれているし、誰がどんな立場でどうなった?という経緯が分ったような分らないような状態で進む。(たくさん出て来る似通った個人名がゴッチャになってしまうのが原因) 政権の報道への関与を体験した韓国ではちゃんと理解されるであろうけれど、惜しいかな、隣国で起こっていた報道への政治介入の事実を知らなかった(知らされなかった)日本人にはKBCやMBCの記者たちの闘いの一部しか掴み取れないで終わってしまう。ライバルでもあった両局の記者たちが連携して権力に立ち向かい、報道者としての使命を見失わず解雇を恐れずに闘う姿に強く揺さぶられるのだが・・・。


2019march_15.jpg
共に闘った仲間たち

解雇されず局に残ったキム・ミンシクは
「キム・ジャングムは出て行け」と叫ぶのを
自分で撮影しながらfacebookに公開する
妻にそう伝えると、誰も付いてこなかったらどうするの
「変人」と云う理由で解雇されるよと言われたと云う

そう言いながらキム・ミンシクが涙を流した理由は
「キム・ジャングムは出て行け」と
翌日同じようにSNSで拡散して
キム・ミンシクの行動への賛同を
仲間たちが示したことを思い出したから・・・

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解職されたMBC元プロデューサーのチェ・スンホは、「ニュース打破」を設立し仲間と一緒に権力に挑む。権力者への突撃(?)インタビューや権力側についた元同僚、元上司へのインタビューがたくさんあるし、カメラマン同行の取材なので全てが映像に収められていて、それはそれはすごいのだ。そうやって得た貴重な記録や情報を旨く構成して、もっと分り易くドカッと胸に残る映画に出来なかったのかなあ。散漫な印象。チラシを見返しながらそれぞれの場面を思い出すとジワジワと胸に迫ってくるものがあるけれど、観終わった直後の「う~ん物足りない」と云う感想はどうしようもない。残念、残念、残念・・・






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女たちのお喋り :: 2019/03/14(Thu)

昨日、60代70代の女が6人わが家に集まって意見交換の会を開いた。な~んて言うのも烏滸がましいが(おこがましいとはこう書くのか)、早く言えばああでもないこうでもないのお喋り会だ。

きっかけは2月に行われた町議会選挙だ。定数が16から13に減らされほとんどが自民党系無所属候補で、公明党候補一人、若い新人候補が二人、女性候補は二期目の共産党議員一人。アベは嫌いと思っていて、棄権は絶対にしない、じゃぁ誰に投票するかと考えた顔なじみが、若い議員にも加わってもらいたよね、共産党の議員にも引き続きやってもらいたいし、抽象的な公約しか発表していない自民系の中ではどの候補がましなのかしら・・・と世間話的に話していた。

11日月曜日、選挙後初の町議会一般質問をテイクを含めた3人が傍聴した。全議員に質問時間が用意されていてもそれを利用しない議員のなんと多いことよ。当選した13人の議員中、質疑に立ったのは5人だけだ。何をしたくて議員になったの?と訊きたいよ、まったく。午前中は共産党の議員と新しく出来た党派「希望の風 那須」の議員がそれぞれ60分の質疑。共産党議員は那須町に持ち上がったメガソーラー建設問題や国民健康保険税の引き下げについて深く追及していた。国政と同じくさすが共産党だと思わされた。一方、準備不足で何を訊いて何を導き出したいのかよくわからない「希望の風 那須」の議員の質疑にはがっかりした。一期目はもっとしっかり質疑をしていたから期待していたのに残念。

「アベさん辞めて」の願いを地方から広げよう。もうそれしかないような気がする。国策だからとか国の法令に従ってなどとしか考えないような議員は要らない。町議会を変えよう。昨日のような女たちのお喋り会に一人一人招待するとか、全議員にアンケートに答えてもらってその結果を公表するとか、議員が町民の生活を守るためにどう働いているのかをしっかり見ているよという事を感じてもらいたいわね、傍聴に出かけようと周りの人に呼びかけるのが何よりも先ねというのが昨日のお喋り会の到達点かな?




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天音ちゃんの虜になった :: 2019/03/09(Sat)

山口ヒロミさんが、19歳で亡くなった娘・天音さんとの日々を記したエッセーをまとめた「天音 amane」と、ヒロミ・平明夫妻の共著「イノチの天音」を読み終え、2月の展示会で聞いたヒロミさんのお話を思い出す。天音ちゃん(ここからは親しみを込めてこう呼ぼう)とヒロミさん、平明さんの父母娘三人の暮らしぶりを想像し、天音ちゃんのことを想像していると気持ちが温まる。とんでもなく大変な暮らしだったはずだし、文章でもその大変さが書いてはあるけれど、それでも重度心身障害者の天音ちゃんを真ん中にした家の中の空気の温かさを感じる。とても好きな画とエッセイ。


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山口ヒロミさんの作品の絵はがきを玄関の壁に掛けた
モデルは天音ちゃん





写真【 天音 amane 】
天音は重い心身障害を持つ女の子です。歩くことも話すこともできない、おもちゃを握りしめたことのない女の子。
もしも障害がなかったら、なんて仮説は成り立たないのに、私の頭の中には別の元気な天音がときどき現れました。
・・・・・
天音はいつも泣き叫んで「私はここに居る」と自己主張し続ける子でした。たしかにあの激しい泣き声は、もしもの天音なんかいないんだ、私は私、とはっきりと存在を示していました。
天音は今十七歳で、私のたったひとりの子どもです。




写真十八歳になった天音ですが、いまだにおしめをしたままの小さな女の子です。赤ちゃんのような小ささなのに、顔の輪郭や身体の線にはいつのまにか少女の色香がただよい始めました。・・・・・何よりもはっきりと天音の内面に起きた変化は、もうお母さんの好きなように外へ連れ出されるのはいやと主張したことです。玄関を一歩出るなり、身体をよじって泣き叫ぶ始末。そして、ついには呼吸困難症を起こすのでした。天音が呼吸不全を起こすほど外出をいやがるのなら、もうどこへも出かけられないと覚悟を決めました。父と母と、そして時々通ってくるヘルパーさんの三人にかこまれて、天音の静かな日々は穏やかに過ぎていきました。





ヒロミさんと平明さんは天音ちゃんが亡くなるまでの19年間ずっと天音ちゃんを抱っこをしていた。ヘルパーさんにも時々頼ったけれど、やっぱり天音ちゃんは両親の、それもお母さんの抱っこがいい。時が経つてラッコのようにお腹の上に乗せているとよく眠ってくれるようになった。普通は3、4時間しかねないけれどラッコのように抱くと6、7時間は眠る日もあったという。

「イノチの天音」は天音ちゃんを育てながら感じたこと考えたことを書いた平明さんとヒロミさんの文章にヒロミさんの銅版画が差し込まれている本だ。最後は「ひとりっ子だった十九歳の娘を喪った ― 平明」「入院してからの天音は、人が変わったように大人しく静かでした ― ヒロミ」と題して、二人の目で見た天音ちゃんが静かに息を引き取る時のことが記されている。

天音ちゃんが消えてしまって寂しいけれど、それでもヒロミさの作品の数々を目にすれば何度でも天音ちゃんに触れることが出来る。天音ちゃんがこの世に生きていたことを知ることができて良かったと思う。「重い障害を持つ少女がここに生きています。見守ってくださいという願いを込めて」天音ちゃんが六歳の時にヒロミさんと平明さん二人で始めた「天音通信」。それがあったから、天音ちゃんが亡くなって19年を経てテイクは今こうして天音ちゃんに出会うことができた。天音ちゃんが居てくれたからヒロミ母さんは天音ちゃんをモデルにたくさんの作品を作り続けているし、ヒロミさんが作品を作り続けているから遠く離れたここで天音ちゃんに会えた。正に「不思議の天音」ね。(これから読もうと思っている平明・著の本の題名。)


写真~ 「イノチの天音」によせて ~
 神話を読んだような、などというと平明さんは「気色が悪い」というでしょう。でも、お二人が日常の言葉で気取りなく事実を語ろうとしても、天音さんの重さが本に深さを刻んでしまうのだと思う。
 ヒロミさんが、天音さんを描き続けたのも、なにか大いなるものの意志を感じてしまいます。なにより天音さんはヒロミさんの絵の中で生きています。
 若くして亡くなった人のことは、生き残った人が、あの手この手で覚えていてあげなくては―。天音さんの無言、大きな瞳、少女の香り、短い生涯が語るものを聞こうとしなくては―と、シンとした気持ちになっています。 (作家・山田太一)




手前が「幻夜」
その向こうが「with mother in the afternoon 」
そして奥がヒロミ作品の絵はがき二枚
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飾ってある居間の壁の前で
掃除中の手を止めて見入る朝のいっとき



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学校の統廃合 :: 2019/03/08(Fri)

映画「奇跡の小学校の物語 この学校はなくさない!」のフォーラム那須塩原での上映が始まった。監督は安孫子亘。「『知事抹殺』の真実」を「十人十色」が応援上映した時からのお付き合いだ。

上映前のアンケート用紙配布と上映後のプログラムと絵本「孝子桜のある日の物語」の販売、アンケート回収の当番になっているのでお手伝いして来た。監督と絵本作家のやまなかももこさんのトークもありサイン会もあったので、中々忙しい。疲れたぞい。映画の紹介は「十人十色」のHPに先日掲載した。

絵本の販売をしていたら、2月に上映した「明日へ ~戦争は罪悪である」を日光から観に来てくれた人が「また来たわ。いい活動をしているわね、頑張って。」と絵本を購入しながら笑顔で声をかけてくれた。この一言が嬉しい。次は6月ごろに応援上映を予定していますからまた来て下さいねと答える。毎回毎回観客数目標を掲げながら取り組んでいるけれど、中々達成は出来ない。でも、僅かながらでも確実に広がっていることが実感できる。こういった活動も無駄ではないのだろうと思いながら進むしかないね。

「奇跡の小学校の物語 この学校はなくさない!」は統廃合の危機に直面した宇都宮市の城山西小学校が地域やPTA、行政が一つになって児童数を増やして何とか廃校を免れたというドキュメンタリー映画だ。実は那須町にも児童数が少なくなって廃校に追い込まれた学校がいくつもある。何とか学校を残したいと動いた父兄も多かったものの町に聞き入れられず、遂に今月いっぱいで廃校となる那須小学校。facebookに掲載された、いつも「十人十色」が取り組む映画のチラシや前売り券を置いてくれる「那須雄の味噌」製造元の蔵楽の記事が目に入った。

「数年前から、那須小学校の6年生を対象に行ってきた「 味噌教室」。 この春閉校してしまう那須小のためにできることは、 これが最後になってしまいました。今回は特別に、全校生徒分のお味噌を用意しました。最後まで那須小を盛り上げてくれた後輩達のために、ラベル張りは那須小卒業生の息子が担当してくれました。「 那須小味噌」喜んでくれるといいな。」



大きい学校で切磋琢磨した方が子どもの成長にとっていいという考えもある。小さな学校のゆったりとした環境でユニークな教育を受けさせたいという思いもある。どれがいいのだろうか。児童数が少ないからとどんどん学校をなくして行ったら、その地域から若い家族は出て行ってしまうのではないだろうか。少子化社会という課題にどう取り組むのか。「経済発展」を最優先にして金のかかることを排除してゆくやり方では解決できないと考えている。子育てをとっくに終えた世代のできる事は何?


フォーラム那須塩原での上映終了後、アップリンク吉祥寺で3月22日から4月4日まで上映される。監督や絵本作家・やまなかももこさんのトークのある日がお勧め。




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針金細工 & 最後のボヘミアンラプソディー :: 2019/03/08(Fri)

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3月7日(木)
先週の木曜日にNさんと針金細工の体験教室に行って林檎を作り始めた。10時から12時までの2時間で出来上がる予定が二人とも出来上がらない。一週間後の昨日また出かけて1時間半かけてやっと仕上がった。いやはや。
若くして脳梗塞で倒れたSさんがリハビリのために針金をクネクネしているうちにだんだん形が出来るようになった。60代になってもまだしびれは残っているという。最初の作品は、現在、那須まち作り広場の階段で見張り番をしているワニ。続いて玄関で来訪者をお出迎えしている海亀ジョージくん。らくらく広場と云う主にお年寄りの集まる場所となっている教室にも廊下にもゴリラやキリンが置かれているし、小物では林檎、きのこ、ボールなどたくさんの針金作品が並んでいる。

らくらく広場で3人の先輩女性(85才89才92才)と共に賑やかに針金をくねらせた。あんたらは若くていいね・・・な~んて言われて若輩者で不器用なテイクたちは先輩たちに混じって大笑いしたり昔の那須の話を聞いたりしながら手を動かした。地元の先輩女性たちと話すことはまずないから(いわゆる「よそ者」の先輩女性たちは「よそ者」のテイクの周りにいるけれど・・・)新鮮な時間。全然閉鎖的じゃなく排他的でもない。楽しかったなぁ。そして、こんなのが出来た。
2019march_04.jpg
いびつだけど、ま、いいんじゃない?



お昼過ぎに針金林檎を持ち帰り、お昼を食べて、最後にもう一度観ておこうとフォーラム那須塩原で「ボヘミアン・ラプソディー」を観てきた。4回目。「十人十色」やサイレントスタンディングの仲間には「好きだねぇ」と思われているけどいいのよいいのよ。「十人十色」の中にもテイクたちと同じくCDを買ったり、毎日YouTubeでLive Aidの動画を観ていて、もう一度観ると言っている「仲間」もいる。漫画家・のぞゑのぶひさ氏も1月3日に映画を観てから毎日観ているらしい。(だから映画はもう観なくていい、と言う考えだ)18ももう映画は観なくてもと言ていたけど毎晩一緒に観ているんだから、最後の映画も一緒に観ようと無理やり同行してもらった。(させた?)
「The Show Must Go On」をバックにエンディングロールの全てが流れ過ぎ、会場が明るくなって、「あ~あ終わっちゃた」と席を立つ。DVDを買えばいいよと18氏。



これが一番状態のいい動画。

インターネットの画面を「テレビ受像機」に飛ばして映す。
音声はステレオから出す。
テレビ契約をしてないのに受像機がある理由はこれだ。
色々楽しめるから、1825は満足している。



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「運命の絵」 :: 2019/03/05(Tue)



写真中野京子・著「運命の絵」の表紙・裏表紙は、エドゥアール・マネ(1832~1883)の「フォリー・ベルジェールのバー」と云う作品。「フォリー」は「酩酊した」、「ベルジェール」は「やわらかい安楽椅子」の意で、単にベルジェール通りにあったミュージックホールというだけでなく、性的奉仕をする女性を匂わせる狙いもあったのではないか、と中野京子は「フォリー・ベルジェール」という店の名前の由来を推察している。

二階には上流階級の人々が座るボックス席、天井からぶら下がるブランコで空中ブランコが演じられ、一階の大フロアの回廊には三つのスタンドバーがある。「べラミ(=美貌の男ともだち)」という小説の中で、「それぞれのスタンドバーには、厚化粧のくたびれた売り子が陣取り、飲料水と春を売っている。うしろの背の高い鏡に彼女らの背中と通行人の顔が映っている。」とモーパッサンが描写している。



この娘、何だかボォーッとした虚ろな目つき、顔つきだなぁという印象だが、その訳は解説を読み進むと理解できる。

彼女の背面の鏡には、彼女に声をかけているシルクハットの男が映っているが、男と口を交わした彼女はあまり気が乗らないのではないか。しかし、生活のためには嫌な男とも付き合わざるを得ない、という訳だ。貧しい家に生まれ母と自分の生活を支える彼女。細々とした仕事をしてきたが給金は少ない。若さと美貌を武器にこの仕事についたが、いつ自分より若い娘たちに仕事を奪われるか知れない。焦る。髭の紳士が話しかけてきた。良いパトロンを見つけなければならない。好きなタイプではないけれど妥協すべきではないか・・・・。どうする・・・。

2019march_02.jpg
彼女の後ろ姿の位置はあり得ない。
カウンターの上の瓶と鏡の中との位置関係もあり得ない。

マネはうつくしい構図を目指した。
あり得ない場所に彼女の後ろ姿が映る。
すべてはイリュージョンだと、中野京子は解説する。

解説を手がかりに彼女の心の中を思い、このうつろな表情に同情する。いつの世も同じかぁ、と。

17つの章で31点の絵とそれに纏わる話、描かれている人物や画家の運命が語られている本だ。マネは20代で梅毒に罹り、足を切断してもいる。同時代に生き、フォリー・ベルジェールを「熟知している」モーパッサンも梅毒で若くして亡くなったとか、ゴーギャンがロリコンだったとか、「ゼウス」はギリシャ語、ラテン語では「ユピテル」と言い、英語では「ジュピター」と言うのだとか。雑学的な事柄も散りばめられていて面白く読み進める。

さて、第1章「若さと綺麗な顔だけを武器に」で始まったこの本は「荒々しい馬市」という第17章で終わる。

自動車が普及する前の19世紀半ばのパリ定期馬市。荷馬や軍馬として使われる大きくて逞しい馬たちが駆け回る情景をきっちりとした写実表現で描き上げた絵だ。作者はローザ・ボヌール(1822~1899)という女性画家。ナポレオンが強化した男尊女卑の空気はまだ残り、女性の芸術創造の能力は劣っていると見做され、 美術学校への入学も許されていなかった時代に、自分の進むべき道を見定めていたという。「フォリー・ベルジェールのバー」を描いたマネと同時代を生きた画家だ。

2019march_03.jpg
中央で鑑賞者に微笑みかけるのは
男装の女性画家ボヌールその人


動物画を主体とする彼女は解剖知識を得る為に食肉処理場へ通う。女性がズボンを穿くことは厳しく禁止されていたので「異性装許可証」を取得して処理場や馬市へ通う。最初は奇異な目で見られていたが彼女の才能を認める者が増え、次第に男装で過ごす時間が増えていった。「ローザのアトリエで食事などの世話をしていた近所づきあいのあったナタリーと同棲し続けても、『男装は必要に迫られてのもの。奇矯な性癖(レズビアン)ではない』と世間は納得していたようだ」が、ディアナ(月と狩猟の女神。処女神にして男嫌い。)というあだ名がつけられていた。中野京子は「男の嗜好が作品に反映され、男の価値観で作品が評価される(現在進行形)。そして数少ない女性画家は常に過小評価されがちだった(現在進行形)。」と書いている。それでもボヌールが二度にわたって勲章を授けられているのは、単なる例外なのか、その才能が正当に評価されたからなのか。



ちょっと飽きたかなと思う頃に興味ある話が出て来るので、つられて最後まで読んだという本。ゴーギャンの絵は好きなんだけどロリコンかぁ。梅毒に罹っていた芸術家って多いのねぇ。ボヌールはカッコいい女だな。・・・・・






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Save the democracy and coral reef of Okinawa :: 2019/03/02(Sat)



3月に手掛ける映画「奇跡の小学校 この学校はなくさない」の広報の準備に手間取っている。もっと早くから用意しておけばよかったのに・・・と言っても遅すぎる。バタバタしているけれど目を離している訳ではないこの国の民主主義の行方。

ロバート・カジワラさんがホワイトハウスへの請願・第二弾を立ち上げネット署名が始まっている。「民主主義と沖縄のサンゴを守れ(Save the democracy and coral reef of Okinawa)」
現在3万筆少し(テイクの大きな間違い)7190筆集まっている。あと92810筆必要だという。3月29日までという短い時間しかない。沖縄のサンゴを守ろう、そして沖縄と日本の民主主義を守ろう。日本人は奮起すべし!前回に引き続き是非拡散を。前回以上の筆数を集めたいものだ。

WE the PEOPLE
Save the democracy and coral reef of Okinawa



日本外国特派員協会 会見
玉城デニー沖縄県知事 & 元山仁士郎・県民投票の会代表




首相官邸前で開かれた「辺野古埋めるな東京大抗議」の集会での元山仁士郎さんの言葉が胸に痛い。

「今日、もっと多いかなと思って来ました!沖縄の一つの声もっと聞いてくれる人!東京に居るのかなと思って来ました!これじゃまだまだですよ!こんなんじゃ沖縄の声!安倍さん聞いてくれないですよ!菅さん聞いてくれないですよ!皆さん!」

「この虐めの状態を先ず終えないといけないんじゃないかと!止めないといけないんじゃないかと!そこでは一致出来ると思うんですよ!虐めってやって良いんですか!?駄目に決まってるじゃないですか!そういう状態が起きてるんですよ!本当に虐められてるの?とか!虐めてる人が、もっと声上げろよとか !そんなのおかしいじゃないですか!?先ずは虐めを止めよう!先ず沖縄の声聞いて中止しようと!そっからみんなで話そうと!みんなで知恵を出し合えば、必ず他の選択肢見つけられますよ!辺野古を埋めるのが、唯一の選択肢じゃないですよ!是非とも皆さん!周りに一人一人!大変かも知れない!ちょっと冷めた目で見られるかも知れない!でもそこを乗り越えて自分はやって来ました!是非とも皆さんにも、それを実践して欲しいと思います!ありがとうございました!」(大友 洋樹さんのfacebookをシェア)


土砂投入を止めるのが日本政府が今やるべき事だ。
県民投票の結果を「真摯に」受け止めるというのはそういう事。



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