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Joy Luck Club

日記帖・雑記帖・ぼやきノート・備忘録・・・




「十二人の怒れる男」 :: 2018/09/24(Mon)

作:レジナルド・ローズ
翻訳・監督:宮島晴彦

2018
SENDAI 座
Prpject

十二人の怒れる男
TWELVE ANGRY MEN

「現場に残されていたナイフと
決定的な目撃証言。
誰もが有罪を信じて
疑わなかった。」


何と形容していいのか、この感情の高まり。それは演技によってもたらされた。

大きな拳で胸を突かれたような衝撃。昔、映画で観たことがあるから内容は知っているのだけれど、物語が進むごとにその衝撃がだんだん大きくなって行くのは、目の前で生の人間が演じる12人の陪審員たちが繰り広げる議論の熱気に当てられたからか。

小ホールという狭い空間。それもステージを作らず、ホールの真ん中に長テーブルと12脚の椅子と水の入ったピッチャーと重ねられたコップが置かれているだけで、客席はそれを挟むようにしてとても近い位置に設えられている。長テーブルで議論する役者たちはその前と後ろに座る観客の中で演じる。この緊張した空間が、殺人容疑で逮捕された16歳の少年の有罪無罪を決定する議論の高まりを観客に肌身で感じさせた。12人の男たちの、罵り合いも含んだ議論に完全に観客は巻き込まれた。

ふぅ~っと息を吐くような脱力感、高揚した気持ち、鳴り止まぬ大きな拍手・・・演劇という表現する力の素晴らしさを味わわせてもらえた。こういう舞台に巡り合えた幸せ、最高~。


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十二人の陪審員と一人の守衛
守衛は陪審員長の要請に応じて
証拠のナイフや
現場の見取り図などを持ってくる




アメリカ合衆国では、ある罪を犯したとして起訴された人物は、十二名の人物が事実を聞いた上で、そのものが確かにその罪を犯したと判定しない限り、刑務所に送られることは無い。この十二名が陪審であり陪審員である。陪審は提出されたあらゆる事実をもとに評決を出すのであるが、十二名全員が有罪か無罪に一致しなくてはならない。彼らは意見が一致するまで討議するか、或いは法廷に戻って、一致をみなかったと裁判長に報告する。

「十二人の怒れる男」では、十二人の陪審員が、ある若者の生死を決断しなくてはならない立場にたったとき、彼らはどうしたかに焦点を合わせている。

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[ あらすじ (プログラムより)]
真夏の暑い午後、見知らぬ男十二人が一室に集められた。彼らには、劣悪な環境で育ち非行歴のある一人の少年の「命」が委ねられていた。有罪を宣告されると少年は、電気椅子に送られてしまう。現場に残されていたナイフと決定的な目撃証言。誰もが有罪を信じて疑わなかった。しかし一人の陪審員が無罪を主張したことにより、事態は思わぬ方向へ・・・。法廷劇の傑作として今なお多くのファンを魅了する。アメリカのテレビドラマが映画になり、そして舞台作品となった。
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ヘンリー・フォンダ主演

罪を犯したのか犯していないのか、有罪なのか無罪なのか、それは分らない。だからこの場でちゃんと議論してとことん話し合って結論を出すべきだという一人の陪審員の提言からこの芝居は始まる。残りの十一名は、何を言っているんだ、目撃証言もあるし、アリバイも成立しないじゃないか、それにスラムに住んでいる少年なんだから彼がやったに決まっている、と一斉に異議を唱える。しかし、一つ一つの証言や証拠を丁寧に吟味していくうちに、有罪と言うことですぐにけりがつくだろうと思っていた十一名の陪審員たちの気持ちが揺らぎ始めた。9対3になり7対5になり、6対6になり・・・そして12対0となる。

最後の最後まで、あの少年はスラムで生まれ育った人間だ、ああいう奴らはのさばらせておいてはいけない、社会にとって有害なのだと主張し続けていた陪審員を、差別や偏見で有罪と決めつけてはいけないと静かに説得するのが最初から有罪に疑問を持っていた陪審員だ。


少年は電気椅子に送られることなく釈放となる。裁判にかけられていた16歳の少年は、スラムの貧しい家庭に育った。母親が9歳で亡くなり、父親は子供たちに暴力をふるい、事件当夜も父親から暴力を受けていた。いい加減な証言をする証人たち、証拠品を緻密に調べるでもなく、刺し傷の検証もせず陪審に回した検事、国選弁護人。

ひょとしたら有罪かも知れないが有罪でないかも知れない。徹底的な討論をせずに少年を殺してしまっていいのか。一つの良心が十一の良心を呼び覚まし少年の「命」を救った。








icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。

「九条俳句」市民応援団ができました。



沖縄県知事選が終わるまで、連帯の気持ちを込めてバナーをここに。

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監督の宮島晴彦氏がプログラムに「言葉による闘い」という一文を寄せている。

「(前略)12人の言葉による論争はまさに闘いだ。閉ざされた一室で経過する時間はドラマの展開する時間だ。映画でご存知の方もいらっしゃると思うが、この作品は決して新しくない。1950年代のアメリカ。公民法は発布される以前なので陪審員に女性も黒人もいない。ただ人種、階級、職業、教育レベルなど”人種のるつぼ”になってはいないが、12人のキャラクターの設定の巾広さは非常にドラマチックだ。この作品は作者が実際に陪審員を務めた体験に基づくようだが、わが国でも成立しないことはないだろう。」

「それにしても稽古しながら思うのは、民主主義のシンボルのごとく言われる多数決の問題だ。これは11対1の圧倒的多数の”有罪”で始まるこの作品は政治家たちが見るべきものだ(若い頃に映画を見た連中もいるだろうが)。ここまでの比率ではなくとも、嘘、隠蔽、情報隠し、政略的固定観念による規定通りの決議―今のわが国の国会の実情は無残だ。国民を欺く形の表面的審議の裏側に隠された事実の隠蔽が臆面もなく繰り返される。我が国ではこの様な言葉による闘いは夢物語なのだろうか。」わが国でも成立しないことはないだろうと言いながらも最後には「夢物語」なのかという宮島晴彦氏の嘆き。

高ぶった気持ちを抱えて駐車場に向かいながら、「日本ではこんな議論は出来ないだろうと思うわ。自分の考えを述べることなんて日本人には出来そうもないよね。自分の考えを持つことさえしていないかも知れない・・・」と18と話した。



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  1. 聴きに行った、観に行った
  2. | trackback:0
  3. | comment:2
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comment

それは見たかったなあ。
映画の面白さはまだ記憶にあります。
いま日本人が見るべき映画・演劇ですね。
  1. 2018/09/25(Tue) 10:55:13 |
  2. URL |
  3. 佐平次 #-
  4. [ 編集 ]

∮佐平次さん
多くの方に観ていただきたいな思う舞台でした。

自分の頭で考え、自分の意見を持ち、
人の目を気にせず発言が出来る日本人、
そういう日本人に私はなりたい、ですね。
  1. 2018/09/25(Tue) 17:42:01 |
  2. URL |
  3. テイク25 #NNZ72WTo
  4. [ 編集 ]

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