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「1987、ある闘いの真実」 :: 2018/11/29(Thu)

軍事独裁政権下の韓国で1980年に光州事件が起きた。その7年後、ソウル大の学生の拷問死事件が、新聞のスクープ記事となり自由のない軍事政権下で鬱憤が溜まっていた市民が立ち上がるまでの過程が描かれている映画「1987、ある闘いの真実」を観た。(観たのは11月26日)

「タクシー運転手」で描かれていた光州事件の学生や市民たちによる軍事政権への抵抗運動が少しずつ国内にも知られ始めた7年後の1987年にソウルで起きた抗議行動が韓国全土へ広がった闘い。


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1987年1月14日、取り調べ中のソウル大生パク・ジョンチョルが謎の死を遂げる。
拷問による取り調べを部下に指示していた南営洞(ナミョンドン)警察のパク所長は、隠蔽しようと遺体を火葬するよう指示を出すが、ソウル地検のチェ検事は警察の隠蔽を許さず、解剖をすると主張。チェ検事の後輩検事がマスコミにリークし、東亜日報のユン記者が真偽を確かめるための取材を開始した。チェ検事は不正を許さないという姿勢を崩さず転任させられるが、密かにユン記者に証拠記録を渡し、ユン記者はその証拠を基に「ソウル大生、水拷問の途中で窒息死」と本当の死因を報じた。

一方、チェ検事の粘りで司法解剖が行われ、立ち合ったパク・ジョンチョルの叔父が記者に向かって「警察が殺した!」と泣き叫んで訴えた。担当医師は「水責め中に首が浴槽に当たり窒息死した」と上司に報告するが握り潰された。が、警察の発表をもはや信じていない記者たちが独自の取材を続け、ソウル大生を拷問死させた事実を暴き出す。

民主化運動で指名手配中のキム・ジョンナムは、国家ぐるみの犯罪だという情報を掴み、共に活動するハム神父と共に真実を暴く決意をする。刑務所看守のハン・ヨンビョンも密かに協力するのだが、捉えられ南営洞に送られ拷問を受ける。市民の自由を奪っている軍事独裁政権に対する怒りが鬱積していた世間では少しずつ民主化抗争が大きくなっていき、その運動の中で催涙弾を頭部に受け亡くなった延生大学生イ・ハンニョルの葬儀には100万人の市民が参加し、光州などでも10万人が集まった。一人の検事、一人の医者、ジャーナリストとしての自覚ある新聞記者たちの正義感が「1987年」の市井の人々の心の中に在る正義感と一体となっていく。誰か特別の人ではなく無数の名もない人々の闘いによって成し遂げられた民主化を描いたのがこの「1987、ある闘いの真実」だ。(上映資料などを参照)


「実在したそれぞれの人物を本人に出来る限り近く描き撮影した」と監督のチャン・ジュナン。唯一モデルがないのはヨニという、看守ハン・ヨンビョンの姪だ。彼女がこの歴史的な大事件の語り手としての役目を果たしている。登場人物はとても多く、場面もたくさん切り替えられる。字幕を読みながら追いかけるのも最初は苦労したが、そうやって作り上げられた映画は観終わってみればずっしりと重い物を心に残した。

凄惨な拷問の場面や「赤狩り」の先頭に立つ脱北者のパク所長の指示を受け「赤狩り」に奔走する部下たちやデモ隊を抑え込む警察権力の暴力的な場面が多くて見るのが辛かった。パク所長の非情さ、怖さが憎くもあったが、彼は子供の頃、金日成率いる革命軍の兵士に父母兄弟を皆殺しされたという過去があるのだ。ああ、何という・・・。こっちが善であっちが悪だなんて簡単には言えないということか。(看守ハン・ヨンビョンを拷問する現場にやって来たパク所長の短い台詞で彼自身の過去がわかる。)

チャン・ジュナン監督へのインタビュー記事の中でも触れられているが、映画「タクシー運転手」で描かれた、光州事件をドイツ人記者が撮影し韓国内でも知られていなかった事件を世界に知らしめた映像がこの映画の中で使われているのが感動的だ。







icon九条守れ

さいたま市の女性の句。
教育委員会は公民館報への掲載を拒否しています。


その他にも「9条」取り扱い拒否が様々な形で広がっています。

「九条俳句」市民応援団ができました。


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